Re>今度は横レス:モスクワさん
投稿者: east_jungle3 投稿日時: 2003/01/17 01:38 投稿番号: [41848 / 232612]
日本の平安時代は”範例”が芸で、
欧米は今でも”判例法”がお家芸。
日本の現在の”判例”の一つ、仙台高裁によると・・・
「天皇、内閣総理大臣の靖国神社参拝について、その行為の態様から見て国またはその機関として特定の関心を呼び起こすすものである。
しかも、これがもたらす直接的、顕在的な影響及び将来予測される間接的、潜在的な動向を総合考慮すれば、国と一宗教法人靖国神社との宗教上の係わり合いは、政教分離原則に照らし、相当される限度を超えるものと断定せざるを得ない」
日本国の土の上に存在する神社を論じる場合、日本人に於ける”神”の意味、宮中の資料による菊御紋の意味、三種の神器、日本書記etc.で、これは膨大な資料なので省略して、飛びます。
靖国神社は1869年に、倒幕派により明治維新前後から国のために殉難下の霊を祭った招魂社であり1879年現在名に改正。1939年護国神社と改正になるが、靖国神社は招魂社の一つにもかかわらず何故か、護国神社と改称しませんでした。
大政奉還(1867)を明治の始とするならば、倒幕に斃れた官軍を御祭りし、賊軍はお祭りされていません。靖国神社では。
「勝てば官軍負ければ賊軍」で、ここまでは、内輪の内乱で、諸外国からとやかく言われる筋はありません。
しかし、1951.SanFrancisco Operahouse での吉田全権大使の受諾演説の終了を持って、先に発布された”日本国憲法”により、名実ともに、”大日本帝国憲法”は消滅させられたのです。
占領統治→2大基本方針→the Potsdam Declaration.No.6→非軍事化、戦争責任と公職追放、ファシスト追放。
諸説紛糾の極東国際裁判ですが、それにより、A級戦犯になられた方と、”大日本帝国憲法”の元、赤紙により国家のため否、fascio化した軍部のため(国民の為では有りません)に斃れた、一般徴集兵士と一緒に祭られているのはagain諸説紛糾、戦後の”日本国憲法”にそぐわないと思います。
幕藩体制末期より”大日本帝国憲法”と”日本国憲法”を照らし合わせ、検証してみることも”一方便”ではないでせうか?
Again 「勝てば官軍、負ければ賊軍」西郷さん、はどう思うのかしら。
Sokuratesu バカ法でも法に従いました。
諸説紛糾(〜_〜)
これは メッセージ 41680 (uso888 さん)への返信です.
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