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北の工作員はNO3

投稿者: mrxxx111 投稿日時: 2003/01/10 00:41 投稿番号: [39003 / 232612]
久米さん拉致の金容疑者、「北」工作機関ナンバー3

  東京都三鷹市役所の警備員だった久米裕(ゆたか)さん(当時52歳)が1977年9月、石川県能都町の宇出津海岸で拉致された事件で、警視庁公安部が拉致を指示したとして、国外移送目的誘拐容疑で逮捕状を取った北朝鮮工作員の金世鎬(キム・セホ)容疑者(74)が、朝鮮労働党の対外情報調査部(当時)で部長、副部長に次ぐナンバー3にあたる上級幹部だったことが9日、わかった。

  対外情報調査部は1980年の原敕晁(ただあき)さん拉致事件で国際手配された辛光洙(シン・グァンス)容疑者(73)も所属しており、公安部は金容疑者が原さん拉致事件についても事情を知っていたとみている。

  調べによると、金容疑者が所属していた対外情報調査部は、4つある工作機関の中でも最大で、韓国、日本など外国の情報収集や、外国での工作活動を専門に行う機関とみられ、現在は35号室と呼ばれている。これまで、韓国人映画監督拉致事件や大韓航空機爆破事件などへの関与も取りざたされてきた。金容疑者は当時、同部のナンバー3の地位にあり、久米さん拉致事件のほか、韓国の情報収集など対南工作も仕切っていたとみられている。

  久米さん拉致事件では、金容疑者は77年8月5日に商社代表団の一員として来日。東京都内のホテルに泊まっていたが、初日の歓迎会以外は交渉に出席せず単独行動をしていた。この商社は、金総書記の家庭の世話をするとされている労働党中央財政経理部39号室系列で、金容疑者は同社上級指導員を名乗っていた。

  久米さんを能都町まで連れ出した在日朝鮮人の男は73年ごろから、「金」または「吉岡」を名乗る別の工作員から暗号解読などの工作員教育を受けていたが、工作員はその後帰国。金容疑者は来日してから数日後に、東京・三鷹でこの在日朝鮮人の男に会い、「独身で40歳から50歳の日本人を拉致しろ」などと指示し、男が候補として選んだ久米さんに会って北朝鮮に来るよう誘い出したうえで、戸籍謄本を受け取っていた。

  しかし、金容疑者は拉致を実行する1週間前、在日朝鮮人の男に対して、ラジオから流れる朝鮮民謡を合図に久米さんを連れて海岸に向かい、石を打つ音を合図に迎えに来た工作員に久米さんを引き渡すよう指示し、自分は帰国していた。

  金容疑者はその後も、78年6月、79年1月、同9月、81年5月、同9月の計5回来日していたが、いずれも労働党系列の商社の代表団の一員を名乗り、約1か月にわたって滞在。日本にいる工作員らに工作活動に関しての指示を与えていたとみられている。毎回、違う会社の代表団として来日し、単独行動をしていることから、警察当局は当時から工作員の可能性が高いとして警戒していた。

  また、80年6月に大阪市内の中華料理店員原敕晁さん(当時43歳)が拉致された事件で、警視庁が旅券法違反などで国際手配している辛容疑者も対外情報調査部の幹部工作員だったが、金容疑者は辛容疑者よりも上位だったとみられ、公安部では、金容疑者が原さん拉致事件についても関与している可能性があるとみている。

  また、金容疑者が2回目に来日した78年6月末に発生した田口八重子さん(当時22歳)拉致事件も、関与していた疑いがあるとみて、捜査している。(読売新聞)
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