>>白村江
投稿者: okinagatarasihiko 投稿日時: 2003/01/03 00:00 投稿番号: [37447 / 232612]
勉強になります。
それで、日本を舞台に百済と新羅との間に、壬申の乱が起きた、勝ったのは新羅の天武天皇ですね。
白村江は、たった二日の局地戦でした。
ミッドウエーで負けただけで、即、進駐軍が乗り込んで来るわけではないと思いますが。
中大兄皇子は、水城ほか山城を沢山つくり、唐の来襲に備えました。
新羅はその後、唐の圧力に対抗するため、または、唐と倭が手を結ぶのを恐れて、しばしば修好の使者を送っています。
こう思っていましたが。
進駐軍は唐ではなく、新羅ですか。
そんな国(厳密な意味で)ありましたかねえ。
元寇でも似たような話がありましたが。
語源に詳しいようですのでお尋ねします。
「くだら」というのは何語ですか。
朝鮮語ならぺクチェ、日本語なら「ひゃくさい」だと思いますが。
白村江をなぜ「はくすきのえ」と読むんでしょう。
錦江または白馬江、古くは白村江と書いたかもしれませんが、なぜ、外国の地名が日本語でよばれるでしょうか。
進駐軍のせいでしょうか。
これは メッセージ 37343 (kagome78a さん)への返信です.
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