Geoargia 00 様
投稿者: okinagatarasihiko 投稿日時: 2003/01/01 00:20 投稿番号: [36997 / 232612]
ご冥福を祈っていたのに、まだ生きていらっしゃったのですね。良かったです。
考えてみれば、私は引導を渡したつもりでしたが、あなたに通じる訳無いですね。
「如露亦如電」て何だ。ですか。
分からなければ、成仏できないのは、当然です。
私は輪廻など信じていませんが。
お答えする前に、少々苦情を申し上げます。
私はあなたに敬称として「様」を使いました。それに対してあなたは、私に「殿」を使われました。
敬称は陛下、殿下、閣下から始まって、その最低級が「殿」で、今の日本人の感覚では、多少、軽蔑の意味さえ含んでいます。
文章はぞんざい、漢字の使い方も出鱈目です。ものを訊ねる姿勢では有りません。
私が年長か、あなたが上か、よく分かりません。そんな場合、少なくとも、同等か、より上の敬称を使うべきです。文の国、朝鮮では、一字間違うと首が飛ぶ、などと言われました。
仮に、礼がととのっていたとしても、昔の禅の高僧にそのような質問をすれば、「この朝鮮百丁の巾着切りめ、おととい来い。おれの仏法をタダで盗み取ろうとするのか。」と殴られるか。蹴飛ばされるか、杖で叩かれるか、カツをくらって三日ほど耳が聞こえなるのが落ちです。これが最高の愛情で、老婆が孫をかわいがるような懇切丁寧なもので、老婆親切と言います。
私の「ノミの(将軍さま)タマ」ほどの悟りでも、悟りは悟りです。あなたは安易過ぎます。
お答えします。
明治のごく初めに、政府から「僧侶の妻帯、勝手たるべし」の布告が出されただけです。
江戸幕府が禁じていたか、どうかは知りません。
「結婚しなければいけない」など出るわけ無いでしょ。
江戸時代、僧侶は幕府の公務員でした。今でも公務員のつもりではないですか。
オウム事件の時、あれは仏教ではないと声を上げた坊主が一人でもいましたか。
一休さんの言葉に「昔、道を求めるものは寺に入った。今は寺をでる」(大意)が有りました。
釈尊や始祖をだしに、商売しているだけです。ただ、釈尊や親鸞さん道元さんのいうとおりにしてたら、お説のとおり、仏教は滅びていたかも知れません。
六祖
達磨の法系は
達磨、慧可、僧燦、道信、弘忍、慧能
とつながります。六代目だから六祖と言います。
慧能の後、法系は2つに分かれ、更に五家七宗に分かれましたが、不立文字 教外別伝で無神論、無霊魂論ですから、教義が違うわけでは有りません。臨済、曹洞、黄檗は日本人が勝手に名づけただけでしょう。「本来無一物」は慧能、後の曹渓大師の言葉です。
若いころ、町へ薪を売りに行って、ふと金剛経の「応無所住而生其心」(マサニ住スルコトナクシテ、其ノ心ヲ生ズべし)を聞き、出家を決意したと言われます。
金剛経は大般若の中では短い(多分一番)お経ですが、それでも10ポイント、A4で8枚になります。
私は冗長な部分を除き、1/7位に短縮し、金剛般若波羅密心経と名づけました。世界で一番新しいお経でしょう。後は、自分でお調べください。ネットにも何かあるかも知れません。
もとは。
討つものも
討たれるものも
もろともに
如露亦如電
応作如是観
で、戦国武将 大内某の辞世ですが、戦いの雰囲気を嫌って、散る桜にしました。
上は、良寛さんの歌と思います。ちなみに、大愚良寛の辞世は「かたみとて何か残さん 春は花 夏ほととぎす 秋はもみじば」です。
良寛さんの書いた般若心経(もちろんレプリカ)を持っていますが、間違いに気づき、直した部分を除いても、わずか260字の中に20箇所以上、間違いがあります。良寛さんは偉いと思います。
その下は金剛経です。
一切有為法 現象界というものは
如夢幻泡影 夢、幻、泡、影のようなもの
如露亦如電 露のようにはかなく、電光のように短い
応作如是観 そのように見なさい。(影はエイではなくヨウと読みます)
考えてみれば、私は引導を渡したつもりでしたが、あなたに通じる訳無いですね。
「如露亦如電」て何だ。ですか。
分からなければ、成仏できないのは、当然です。
私は輪廻など信じていませんが。
お答えする前に、少々苦情を申し上げます。
私はあなたに敬称として「様」を使いました。それに対してあなたは、私に「殿」を使われました。
敬称は陛下、殿下、閣下から始まって、その最低級が「殿」で、今の日本人の感覚では、多少、軽蔑の意味さえ含んでいます。
文章はぞんざい、漢字の使い方も出鱈目です。ものを訊ねる姿勢では有りません。
私が年長か、あなたが上か、よく分かりません。そんな場合、少なくとも、同等か、より上の敬称を使うべきです。文の国、朝鮮では、一字間違うと首が飛ぶ、などと言われました。
仮に、礼がととのっていたとしても、昔の禅の高僧にそのような質問をすれば、「この朝鮮百丁の巾着切りめ、おととい来い。おれの仏法をタダで盗み取ろうとするのか。」と殴られるか。蹴飛ばされるか、杖で叩かれるか、カツをくらって三日ほど耳が聞こえなるのが落ちです。これが最高の愛情で、老婆が孫をかわいがるような懇切丁寧なもので、老婆親切と言います。
私の「ノミの(将軍さま)タマ」ほどの悟りでも、悟りは悟りです。あなたは安易過ぎます。
お答えします。
明治のごく初めに、政府から「僧侶の妻帯、勝手たるべし」の布告が出されただけです。
江戸幕府が禁じていたか、どうかは知りません。
「結婚しなければいけない」など出るわけ無いでしょ。
江戸時代、僧侶は幕府の公務員でした。今でも公務員のつもりではないですか。
オウム事件の時、あれは仏教ではないと声を上げた坊主が一人でもいましたか。
一休さんの言葉に「昔、道を求めるものは寺に入った。今は寺をでる」(大意)が有りました。
釈尊や始祖をだしに、商売しているだけです。ただ、釈尊や親鸞さん道元さんのいうとおりにしてたら、お説のとおり、仏教は滅びていたかも知れません。
六祖
達磨の法系は
達磨、慧可、僧燦、道信、弘忍、慧能
とつながります。六代目だから六祖と言います。
慧能の後、法系は2つに分かれ、更に五家七宗に分かれましたが、不立文字 教外別伝で無神論、無霊魂論ですから、教義が違うわけでは有りません。臨済、曹洞、黄檗は日本人が勝手に名づけただけでしょう。「本来無一物」は慧能、後の曹渓大師の言葉です。
若いころ、町へ薪を売りに行って、ふと金剛経の「応無所住而生其心」(マサニ住スルコトナクシテ、其ノ心ヲ生ズべし)を聞き、出家を決意したと言われます。
金剛経は大般若の中では短い(多分一番)お経ですが、それでも10ポイント、A4で8枚になります。
私は冗長な部分を除き、1/7位に短縮し、金剛般若波羅密心経と名づけました。世界で一番新しいお経でしょう。後は、自分でお調べください。ネットにも何かあるかも知れません。
もとは。
討つものも
討たれるものも
もろともに
如露亦如電
応作如是観
で、戦国武将 大内某の辞世ですが、戦いの雰囲気を嫌って、散る桜にしました。
上は、良寛さんの歌と思います。ちなみに、大愚良寛の辞世は「かたみとて何か残さん 春は花 夏ほととぎす 秋はもみじば」です。
良寛さんの書いた般若心経(もちろんレプリカ)を持っていますが、間違いに気づき、直した部分を除いても、わずか260字の中に20箇所以上、間違いがあります。良寛さんは偉いと思います。
その下は金剛経です。
一切有為法 現象界というものは
如夢幻泡影 夢、幻、泡、影のようなもの
如露亦如電 露のようにはかなく、電光のように短い
応作如是観 そのように見なさい。(影はエイではなくヨウと読みます)
これは メッセージ 36958 (geoagia_onew さん)への返信です.