キッシンジャー
投稿者: donmai_desu 投稿日時: 2002/12/29 16:09 投稿番号: [36061 / 232612]
彼は、石油や利権の事なら嘘も平気で付きますし、犯罪も犯します。
彼は、田中角栄をそうと憎んでしました。田中角栄は、経済産業大臣時代から、将来の日本のエネルギーの事についてたびたび
論文で注意を促してきました。
その田中角栄が総理大臣になってから、中東戦争の勃発でオイルショックが起き、石
油価格が上昇しました。 欧米諸国は、アラブ諸国に対して厳しい抗議をしました。
しかし、日本政府は、アラブ支持を打ち出しました。 その時からキッシンジャー率
いるアメリカは、田中角栄を敵対視しています。
ニクソン率いるアメリカが、国交正常化を中国と結ぶ為に訪中しましたが結局、なんの進展も無く交渉は終わりました。
その七ヶ月後、田中角栄率いる日本が、国交正常化をする為に訪中しました。そして
わずか5日間の交渉で、国交正常化がなされたのです。
国交正常化してから田中角栄は、当時、世界第3位の石油埋蔵量と言われていた中国
から石油開発の契約を次々とまとめていったのです。 角栄は、石油ショックの時、
産油国から欧米メジャーの企業を通して買う高い石油の値段に納得がいかないし、将来の不安を覚えていたのです。
だからこそ、中国とも国交をいち早く結んだのです。 中国の石油市場はまだ、欧米が進出しておらず、手付かず状態だったんで、それを日本に先を越されたキッシンジャーは、田中を憎んだのです。
さらに田中角栄は、アラブに出向き、欧米メジャーを通さず、直接産油国に交渉を持ちかけ、取引を成立させたのです。
それから、イギリスに出向き、北海油田の開発に資金提供契約を結んだり、インドネシアに出向き、資源の開発契約を結び、今でこそ日本の資源基地として有名ですが。
さらに、ソ連に出向き、資源の開発契約を結び、インドにも出向き、 世界中を飛び
回って、欧米メジャーに頼らない日本のエネルギー資源を独自のルートを拡大させていったのです。
その当時の日本は、資源輸入量はアメリカを抜いて世界一位になっていたのです。
欧米石油メジャーの一番のお客さんが日本だったので、当然、田中角栄が、独自の
ルートで石油を輸入するから、売れなくなるのです。
その当時から、日本が経済的に自立していったんです。 田中角栄の資源外交の執念は、物凄い行動力、実行力があり、日本独自外交でアメリカを恐れさして、怒りを買ったのです。
角栄とキッシンジャーは、石油資源を巡って至る所でぶつかっていたのです。
田中角栄の外交手腕は、知れば知るほど、凄いですし、ソ連と資源開発の契約をした時、中国から激しい抗議があったけど、
角栄は怯む事無く、己の資源外交を展開していったのです。 その当時、中国とソ連は対立していたので、中国は日本がソ連と
手を握るのを恐れたのです。
田中角栄は中国と仲が良かった言われるが、本当はそうでは、無かったのです。
そこには、激しい国益を争う交渉があって、両者ぶつかりあううちに、信頼関係が
生まれていったのです。
今の政治家では真似は出来ません。
ODAも意味無く行なわれている。
田中は何かを遣れば、何かを持ち帰ってくるでしょう。 それが国益です。
キッシンジャーは、訪中時、毛沢東に「日本に経済力を付けさせたのが間違い」とも言っています。
結局、アメリカは、同盟を理由に日本を縛り付け、日本独自外交を阻んでいるので
す。 そして、他国では、二枚舌を使い日本を批判しているのです。
彼は、田中角栄をそうと憎んでしました。田中角栄は、経済産業大臣時代から、将来の日本のエネルギーの事についてたびたび
論文で注意を促してきました。
その田中角栄が総理大臣になってから、中東戦争の勃発でオイルショックが起き、石
油価格が上昇しました。 欧米諸国は、アラブ諸国に対して厳しい抗議をしました。
しかし、日本政府は、アラブ支持を打ち出しました。 その時からキッシンジャー率
いるアメリカは、田中角栄を敵対視しています。
ニクソン率いるアメリカが、国交正常化を中国と結ぶ為に訪中しましたが結局、なんの進展も無く交渉は終わりました。
その七ヶ月後、田中角栄率いる日本が、国交正常化をする為に訪中しました。そして
わずか5日間の交渉で、国交正常化がなされたのです。
国交正常化してから田中角栄は、当時、世界第3位の石油埋蔵量と言われていた中国
から石油開発の契約を次々とまとめていったのです。 角栄は、石油ショックの時、
産油国から欧米メジャーの企業を通して買う高い石油の値段に納得がいかないし、将来の不安を覚えていたのです。
だからこそ、中国とも国交をいち早く結んだのです。 中国の石油市場はまだ、欧米が進出しておらず、手付かず状態だったんで、それを日本に先を越されたキッシンジャーは、田中を憎んだのです。
さらに田中角栄は、アラブに出向き、欧米メジャーを通さず、直接産油国に交渉を持ちかけ、取引を成立させたのです。
それから、イギリスに出向き、北海油田の開発に資金提供契約を結んだり、インドネシアに出向き、資源の開発契約を結び、今でこそ日本の資源基地として有名ですが。
さらに、ソ連に出向き、資源の開発契約を結び、インドにも出向き、 世界中を飛び
回って、欧米メジャーに頼らない日本のエネルギー資源を独自のルートを拡大させていったのです。
その当時の日本は、資源輸入量はアメリカを抜いて世界一位になっていたのです。
欧米石油メジャーの一番のお客さんが日本だったので、当然、田中角栄が、独自の
ルートで石油を輸入するから、売れなくなるのです。
その当時から、日本が経済的に自立していったんです。 田中角栄の資源外交の執念は、物凄い行動力、実行力があり、日本独自外交でアメリカを恐れさして、怒りを買ったのです。
角栄とキッシンジャーは、石油資源を巡って至る所でぶつかっていたのです。
田中角栄の外交手腕は、知れば知るほど、凄いですし、ソ連と資源開発の契約をした時、中国から激しい抗議があったけど、
角栄は怯む事無く、己の資源外交を展開していったのです。 その当時、中国とソ連は対立していたので、中国は日本がソ連と
手を握るのを恐れたのです。
田中角栄は中国と仲が良かった言われるが、本当はそうでは、無かったのです。
そこには、激しい国益を争う交渉があって、両者ぶつかりあううちに、信頼関係が
生まれていったのです。
今の政治家では真似は出来ません。
ODAも意味無く行なわれている。
田中は何かを遣れば、何かを持ち帰ってくるでしょう。 それが国益です。
キッシンジャーは、訪中時、毛沢東に「日本に経済力を付けさせたのが間違い」とも言っています。
結局、アメリカは、同盟を理由に日本を縛り付け、日本独自外交を阻んでいるので
す。 そして、他国では、二枚舌を使い日本を批判しているのです。
これは メッセージ 36050 (b185472 さん)への返信です.