靖国神社こそが唯一絶対の場所である。
投稿者: cfx789 投稿日時: 2002/12/26 22:15 投稿番号: [35351 / 232612]
代替え施設などこの地球上にありはしない。
福田長官よ、こんな自明のことが分からないほど、君の頭は悪いのか、
それとも君の精神はそれほどまでに、腐り切っているのか。
いったい靖国神社とは誰のためのものだ。
戦死した230万人のためのものであって、
生きている日本人のものではなく、
まして、シナ人やチョウセン人のためのものではない。
靖国神社とはこの国のために戦った英雄たちの安息の場所でないのか。
福田よ、生きている人間がとやかくいう問題ではない。
戦死した英雄たちの霊よ、安らかにと祈る場所、それが靖国神社である。
ここには、何の疑問も何の懐疑も、何の干渉も、入る余地はない。
生きている人間が死んだ人間、
まして、この国のために名誉の死をとげた英雄たちの死後のありようについて、
言葉をさしはさむことなど、あってはならないことだ。
これこそはいかなる人間といえども、
人間が人間であることを証明する最後のよりどころである。
死者の霊に鞭打つことは生きている人間が絶対にやってはならないことだ。
福田よ、君は、
その絶対にやってはならない死者に鞭打つことをやっているのである。
ゆえに、君の行為は悪魔のしわざとよぶしかない。
当然ながら、靖国神社の230万人の死者に鞭打つシナ人とチョウセン人、
こいつらは鬼畜か犬畜生以下の人間である。
最低限の道徳心や良心すら持ち合わせていない民族といわざるをえない。
シナ人による残虐なる凶悪犯罪。
戦前そして戦後、日本から受けた恩顧を足蹴にするチョウセン人。
拉致犯罪。
この両民族の精神性や文明度や文化度は、おどろくほど野蛮な水準にある。
シナ人もチョウセン人も、日本民族のもっている品性高潔なる精神構造には、
永久に追いつけないだろう。
シナやチョウセンには、
赤穂四十七士に描かれた「人間の義の物語」などありはしない。
義などという高度な文明は存在しない。
まして、武士道文化という洗練された文化など存在の陰すらない。
他民族の死者を鞭打ち、死者の霊に干渉する、
こんなことはまともな文化や文明をもつ民族や人間のすることではないのだ。
これは メッセージ 1 (mitokoumon_2002 さん)への返信です.
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