二百万人以上が帰らぬ人となった。
投稿者: cfx789 投稿日時: 2002/12/17 16:32 投稿番号: [32391 / 232612]
七百万人が南の海に出撃し
二百万人以上が帰らぬ人となった。
イージス艦が出撃していった。
しかし、今から60年以上前、約700万人の若者が出撃し、
200万人以上が帰らぬ人となった。
彼ら多くの若者たちが、輸送船の上で、輪になって歌った歌が「暁に祈る」だった。
甲板で巨大な輪になってぐるぐると狂気の
ように踊りながら、
歌いながらみんな泣いていたそうだ。
ああ
堂々の輸送船
さらば祖国よ
栄えあれ
はるかに拝む
宮城の
空に誓った
この決意
ああ
あの顔で
あの声で
手柄頼むと
妻や子が
ちぎれる程に
振った旗
遠い雲間に
また浮かぶ
ああ
傷ついた
この馬と
飲まず食わずの
日も三日
捧げた命
これまでと
月の光で
走り書き
作詩野村俊夫
作曲古関裕而
歌伊藤久男「暁に祈る」昭和14年
二度と帰れぬ死出の旅である。
肩を組み輪になって歌いながら一人一人の兵隊は何を考えていただろうか。
恋人を思い、妻子を思い父母を思い、涙はとめどなく流れたろう。
戦友の肩をがっちりとつかみ、明日の命のはかなさを思い、満天の星のもと、
滂沱の涙を流しながら、兵隊たちは、「ああ、堂々の輸送船」と、
声をはりあげ必死になって歌ったそうだ。
舵をとる輸送船の船長も船員も魚雷攻撃による明日の我が身を思い、
操舵しながら、一緒にくちずさみもらい泣きしたそうだ。
イージス艦よ、60年前の二度と帰らぬ二百万人の若者たちの悲しいまでの涙を、
決してむだにするなかれ。
南の海を通過するとき60年前に思いをいたし
、頭をたれ、彼らの涙を思い出してほしい。
同じ日本人として、「後に続く」と言ってほしい。
それに勝る弔いの言葉はないだろう。
これは メッセージ 1 (mitokoumon_2002 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143583/beaec0tbcsaja4nkacdaba4h2ddbja4ka4da4a4a4fa1ya1ya1ya1ya1y_1/32391.html