宗教は後から
投稿者: moriya99 投稿日時: 2002/12/13 04:42 投稿番号: [31320 / 232612]
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しかし私はやはり紛争の根源的原因は「宗教」と断罪するには無理があると思います。
例えば十字軍遠征は純粋な「宗教戦争」などではありません。
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こういった共存関係を破壊したものは「宗教」(だけ)では決して無い…そう、思うんです。
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少なくとも、キリスト教の場合は、宗教が先じゃないですね。
もとはといえば、シリアが交通の要路になったことでしょう。要路の取り合いです。
物質的な理由です。
その戦火の結果が宗教を生み、結束になって行っている。また、過去に時代ですと、宗教と地理的結束は一致していますから、宗教戦争の様相を呈してきますが、元は、物質的理由の奪い合いが原因ですね。
本来は高度宗教が対立すること自体、奇怪しい。神はひとつなのですから。その神に近づく方法論が違うだけ、のはず。
富士山を太平洋側から登ろうが、山梨側から登ろうが目指す山頂は同じはずなのに、なぜ、争いになるのか、という根本の問題がありますね。
だが、現実の歴史は、こんな簡単なことが分からなくなるほど、訳の分からないことが起きている。
宗教間の対立など、本来は越えられない壁ではないはずなのですが、現実の歴史は実に忌まわしい。
このあたりをしっかり考える、そこに未来への活路があるかもしれないのですが…。
宗教といいながら、現実の目的は宗教ではない、などの錯綜もあるでしょうし、また、宗教そのもののが戦乱とか戦争とかと無関係に発生してきたものではない、という宿命的なものがあるのかも。乗り越えないといけない誕生の宿命なのですが…。
振り返れば、過去の歴史の大規模な殺戮は、殆ど宗教が絡んでいるのもまた事実。人は神の名において殺戮を繰り返すという行為を重ねてきているのですね。
多分、間違っていると思う。
これは メッセージ 31319 (benim_hocam_turk さん)への返信です.
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