憲法論議に対しての一意見
投稿者: masa4618 投稿日時: 2002/12/12 13:29 投稿番号: [31082 / 232612]
憲法の論議をするときに大切なことは理論的な、ある意味紙の上での論争であるかどうか。いわゆる基礎的な議論、これも憲法を草稿・改正、または継続する意味においても大変重要なことであるという認識を持っています。歴史的な「目には目を、歯には歯を」から「平和憲法」までいろいろな概念があり、熟慮して考察していく必要があるのはいうまでもありません。
そして、今ひとつ。憲法の論議が現在起きようとしている、または起きることが危惧されるような状況に際しての実践的な議論であるかどうか。このトピで日本国憲法についての議論がされているのを読み返すと、当然後者となります。
というのは、ここのトピは「憲法を純粋に考える」トピではないからです。
基礎的な話と実践的な話は密接なつながりを持っていることは当然ですが議論する時にはそれをある程度、「分けて」議論しなければ議論にならないと思います。
実践的な話、それは現実に平和憲法に違憲だと思われる軍隊はすでに存在しており、また、拉致という国家の主権を蹂躙されるという国家の危機的状況が起きたという事実は消すことができません。
この危機的な拉致問題を解決していく上での話し合いで、交渉難航し、相手外交官の公式な声明が非常に否定的な内容を伝え、ミサイル発射実験再開を示唆し、核を極秘裏に開発し、また平壌宣言に違反する行動を公然と中東で行っている事実。
国民の生命・財産が脅かされる可能性が出てきたときに今ある「平和憲法」で対応ができるかを考え、部分的な手直しを考え、または有事法制など現行憲法で行えるかどうかを早急に考証することは実践的な議論だと考えます。
では私の考えはというと、自衛隊は軍隊です。国権の発動たる侵略戦争をすることは絶対に国益に反する。するべきではない。しかし専守防衛が可能な軍隊の保有を憲法上認めることは平和を維持していく上である意味平和憲法を遵守するために必要だと考えます。
これは メッセージ 1 (mitokoumon_2002 さん)への返信です.
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