小泉首相の訪朝と課題について☆☆☆☆☆

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忠臣蔵は善か悪か

投稿者: exh1868 投稿日時: 2002/12/11 22:51 投稿番号: [30935 / 232612]
忠臣蔵は悲惨な物語だ。

忠臣蔵のエッセンスは、忠誠心のために個人の自由意思が犠牲にされていることだ。

個人の自由意志というものを根底から抹殺し、個人の自由意志の代わりにかつての藩主への忠誠心が優先され、忠誠心のために自分の命をささげている。これは民主主義・個人主義社会の対の極にあるイデオロギーだ。

忠臣蔵の物語は、日本人の忠誠心という美名の下に、この忠誠心を利用して人格を隠している。よ〜く噛み砕いて考え抜くべき問題だ。

忠臣蔵では、47士は自分の良心にしたがって正しいとみなす復讐をしたうえで、それにたいする究極の罰   ・・・   切腹   ・・・   をすすんで受け入れる。

よく考えると、これは不条理である。切腹は自己否定であるからだ。切腹するくらいならば、初めから討ち入りなどしなければ良いのだ。さらに悪いことには、47士の家族まで巻き添えにしている。家族までが命を絶っているからだ。


1869年に、明治維新の議事機関で切腹について論議された。そして次のように語った:

『切腹は大和魂の源泉であるから、決して禁止してはならない。西洋から強要され軟弱になり、これを禁止してはならない。』

あきれかえることに、切腹を禁止するか、あるいは存続させるかの争点は、日本人が頑強か軟弱かであったのだ。ばかばかしい。

忠臣蔵に代表される日本人の精神は   「めめしさ」   だ。一見忠臣蔵に代表される日本人   (サムライ)   は威厳があり、堂々と振舞っているかのような錯覚を覚える。だが忠臣蔵に示されているキャラクターは   「めめしさ」   である。

忠臣蔵に見られる忠誠心・威厳といったものは、めめしさを覆いかくすための隠れ蓑なのである。

忠臣蔵はめめしい物語なのである。そのめめしさを忠誠心や威厳でカモフラージュしている。

1868年の明治維新によって、江戸時代には士農工商でサムライの身分以外の生き方を持っていた日本人は、明治維新によって全国民がサムライ化されてしまった。

国全体が集団ノイローゼに陥ってしまった。「なんで個人の自由意志を殺してまで、かつての藩主に忠誠心を示さなければならないんだ?   なぜ天皇のために死ななければならないんだ?」

明治維新の推進者は、日本人の   「美徳」   を好むクセをたくみに利用した。今も利用している。


毎年この時期になると決まってTVで   「忠臣蔵」   が放映される。そのたびに日本人は個人の自由とはなにか、真の人生とは何かといったことを、忠誠心が何者にも勝るといったイデオロギーに置き換えれてしまう。年が明けるとTVは決まって天皇参拝の様子を放映する。

日本人は天皇のために、天皇に忠誠心を誓うためにこの世に存在するのであろうか?   いいやそんなことはない、自分のために存在するのである。


北朝鮮から帰国している方たちは日本のために生きることを強いられている。そこに個人の意思の自由は認められない、あたかも忠臣蔵の47士のように・・・・
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