「逆コース」 について (その1)
投稿者: exh1868 投稿日時: 2002/12/09 23:11 投稿番号: [30552 / 232612]
日本の教科書は、とくに太平洋戦争の歴史にかんする部分は、いまだに文部省による厳しい検閲を受けているが、戦後の初期にかんしては大方の分野について、かなり詳しい記述がある。
日本の子供であればだれでも、「青い目の将軍」
ダグラス・マッカーサーが統治していた、連合国による日本占領について学ぶ。
連合国軍最高司令官マッカーサーは軍事独裁者でありながら、1947年、日本に民主平和憲法を与えたのだと教えられる。
この憲法は今日もなお、この国を司る最高位の国法である。
学生たちは、戦争を引き起こした者に科せられたパージや懲罰のこと、天皇の神格否定宣言、さらに長く苦しんできた天皇の臣民たちに与えられた多数の改革について学ぶ。
それ以上によく知られているのは、三菱、三井、住友、安田など、戦前、日本の独裁金権体制を堅固に支えてきた強力な
「財閥」
を、マソカーサーが
「解体」
したことである。
それでもなお、平均的日本人が平均的アメリカ人もそうだが十分に認識していないことがある。
「・・・・・しかし早くも1947年には、アメリカの対日政策の重点は、そのような遠大な改革から、日本を極東の経済ワークショップとして復興させることに転換していた」
とションバーガー教授は書いた。
1940年代の末期に日本を民主化する方向から、アジアにおける反共の砦にする方向へ、アメリカの対日政策の重点を転換させた一連の動きを
「逆コース」
と呼ぶが、教授は、日本の戦後史でしばしば無視されている
「逆コース」
研究の第一人者であった。
「奇妙なことに・・・・・非公式の圧力団体が果たした役割は、ほとんどすべての占領史研究者から事実上、無視されてきた。日本ととくにかかわりがあったもっとも重要な団体は
『アメリカ対目協議会』
(American
Council
Japan)
であり、それがジャパン・ロビーと呼ばれるのにふさわしい組織だった」
『軍隊なき占領
(ウォール街が
「戦後」
を演出した)
』
G.デイビス、J.ロバーツ、新潮社1996年、p.14
これは メッセージ 30551 (exh1868 さん)への返信です.
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