「私は日本人拉致ビデオを見た!」
投稿者: moon_over_moscow2001 投稿日時: 2002/12/05 23:28 投稿番号: [29471 / 232612]
(週刊文春2002年12月12日号)
不審船上に人間代のズダ袋が二体。「現行法では拉致に手が出せない!」対
潜哨戒機が日本海で不審船を追跡、ビデオ撮影をした。映像を見た隊員の痛
恨の告白。
水しぶきを上げ、夜の日本海を猛スピードで疾走する北朝鮮の工作船と、そ
れを延々と追跡するカメラ。船上には人間大のズダ袋が二体転がり、工作船
からは時折、威曙射撃とみられる閃光が光る……その衝撃的な映像に、隊員
たちは思わず凍りついたという。
一九九九年三月、能登半島沖の不審船事件で、自衛隊史上初の海上警備行
動をとった海上自衛隊。しかし、実は、海自は二十年以上も前から、北朝鮮
の工作船に対する警戒監視活動を粛々と進め、それらの工作船の姿を、スチ
ール写真やビデオで撮影し続けていたという。現在もそうしたデータを集積
した”資料”は、防衛庁のある部局に厳重に保管されているのだが、その中
には明らかに「拉致工作船」とみられる画像も含まれているというのだ。
”極秘”ビデオを実際に目の当たりにした元海上自衛隊員の衝撃の告白を紹
介する。
元海上自衛隊員、中村貴雄氏(仮名)。現在三十一歳の中村氏は、高校卒業
後の平成元年四月に二等海士として海上自衛隊に入隊。その後、護衛艦勤務
などを経て、数年前に除隊し、現在は都内で自営業を営んでいる。中村氏が
語る。
「私がそのビデオを見たのは、入隊してから数力月後、まだ横須賀の教育隊
に所属していた時代です。
教育隊とは文字通り、海自に入隊した者が、一人前の海自隊員になるため
に様々な基礎教育を受ける場で、四ヶ月間の訓練を経て、艦船や基地に配置
されるのです。
教育隊では、実際に隊の規律を学び、体力をつける訓練の授業と、船の操
縦や銃の分解などを学ぶ座学の授業が組まれていたのですが、この座学の時
に様々なビデオを見て学習する時間があったんです。通常、我々を指導して
くれるのは、先輩に当たる分隊士だったのですが、そのビデオ学習の時の講
師は、分隊士の上官、分隊長でした。
初めはロシアの艦船がウラジオストックに潜水艦を運ぶ映像や、中国の情
報船やベトナムの難民船などを撮影していたビデオを見ていたのですが、三
十分程度のビデオが終わった後、分隊長が「今回は特別に」と”極秘”扱い
のビデオを見せてくれたのです。
水しぶきを上げ、夜の日本海を猛スピードで疾走する北朝鮮の工作船と、そ
れを延々と追跡するカメラ。船上には人間大のズダ袋が二体転がり、工作船
からは時折、威嚇射撃とみられる閃光が光る……その衝撃的な映像に、隊員
たちは思わず凍りついたという。
ビデオはタ方か夜に撮影されたものらしく、画像は昼間のものほど鮮明で
はありませんでした。一隻の漁船が、暗い日本海をしぶきを上げながら逃走
する様子が映っていました。
漁船はかなりの高速で疾走しており、それをカメラが延々と追い続けるの
です。時折、威嚇のためか、カメラを搭載した機が、その工作船ギリギリの
高さを飛んでいる様子も分かりました。
そして徐々にカメラが船体をズームアップしていくと、船上に人間大のズ
ダ袋のようなものが二体、転がっているのが、はっきりと見えました。
そして分隊長はビデオを流しながらこう語ったのです。
『これは北朝鮮の工作船が逃走する模様を、鹿屋基地から出動したP3Cが撮影
したものだ。海上保安庁の巡視船艇が追いかけたが、振り切られ、P3Cが追跡
を継続した。船の上に袋のようなものがあるのが見えるだろう。この中には
人が入っていた可能性があったんだ……』
その瞬間、それまでざわついていた教室が静まり返りました。ビデオには
時折、工作船の上で閃光が光る様子が映っていたのですが、分隊長は『工作
船がP3Cに威嚇射撃しているんだ』と説明してくれました」
対潜哨戒機P3C。八一年に初めて導入され、現在八十機が鹿屋、八戸、厚
木、那覇等に配備されている。海上自衛隊幕僚監部によると、P3Cは一年三百
六十五日欠かさず毎日一回、北海道の周辺海域、日本海、東シナ海上を飛
び、警戒監視活動を行うとともに、突発的な事案の発生に備え、常時もう一
機が基地に待機しているという。
元海上自衛隊幹部が語る。
_______________________________________
続きはこちら
http://www.infovlad.net/underground/asia/nkorea/bbs/
不審船上に人間代のズダ袋が二体。「現行法では拉致に手が出せない!」対
潜哨戒機が日本海で不審船を追跡、ビデオ撮影をした。映像を見た隊員の痛
恨の告白。
水しぶきを上げ、夜の日本海を猛スピードで疾走する北朝鮮の工作船と、そ
れを延々と追跡するカメラ。船上には人間大のズダ袋が二体転がり、工作船
からは時折、威曙射撃とみられる閃光が光る……その衝撃的な映像に、隊員
たちは思わず凍りついたという。
一九九九年三月、能登半島沖の不審船事件で、自衛隊史上初の海上警備行
動をとった海上自衛隊。しかし、実は、海自は二十年以上も前から、北朝鮮
の工作船に対する警戒監視活動を粛々と進め、それらの工作船の姿を、スチ
ール写真やビデオで撮影し続けていたという。現在もそうしたデータを集積
した”資料”は、防衛庁のある部局に厳重に保管されているのだが、その中
には明らかに「拉致工作船」とみられる画像も含まれているというのだ。
”極秘”ビデオを実際に目の当たりにした元海上自衛隊員の衝撃の告白を紹
介する。
元海上自衛隊員、中村貴雄氏(仮名)。現在三十一歳の中村氏は、高校卒業
後の平成元年四月に二等海士として海上自衛隊に入隊。その後、護衛艦勤務
などを経て、数年前に除隊し、現在は都内で自営業を営んでいる。中村氏が
語る。
「私がそのビデオを見たのは、入隊してから数力月後、まだ横須賀の教育隊
に所属していた時代です。
教育隊とは文字通り、海自に入隊した者が、一人前の海自隊員になるため
に様々な基礎教育を受ける場で、四ヶ月間の訓練を経て、艦船や基地に配置
されるのです。
教育隊では、実際に隊の規律を学び、体力をつける訓練の授業と、船の操
縦や銃の分解などを学ぶ座学の授業が組まれていたのですが、この座学の時
に様々なビデオを見て学習する時間があったんです。通常、我々を指導して
くれるのは、先輩に当たる分隊士だったのですが、そのビデオ学習の時の講
師は、分隊士の上官、分隊長でした。
初めはロシアの艦船がウラジオストックに潜水艦を運ぶ映像や、中国の情
報船やベトナムの難民船などを撮影していたビデオを見ていたのですが、三
十分程度のビデオが終わった後、分隊長が「今回は特別に」と”極秘”扱い
のビデオを見せてくれたのです。
水しぶきを上げ、夜の日本海を猛スピードで疾走する北朝鮮の工作船と、そ
れを延々と追跡するカメラ。船上には人間大のズダ袋が二体転がり、工作船
からは時折、威嚇射撃とみられる閃光が光る……その衝撃的な映像に、隊員
たちは思わず凍りついたという。
ビデオはタ方か夜に撮影されたものらしく、画像は昼間のものほど鮮明で
はありませんでした。一隻の漁船が、暗い日本海をしぶきを上げながら逃走
する様子が映っていました。
漁船はかなりの高速で疾走しており、それをカメラが延々と追い続けるの
です。時折、威嚇のためか、カメラを搭載した機が、その工作船ギリギリの
高さを飛んでいる様子も分かりました。
そして徐々にカメラが船体をズームアップしていくと、船上に人間大のズ
ダ袋のようなものが二体、転がっているのが、はっきりと見えました。
そして分隊長はビデオを流しながらこう語ったのです。
『これは北朝鮮の工作船が逃走する模様を、鹿屋基地から出動したP3Cが撮影
したものだ。海上保安庁の巡視船艇が追いかけたが、振り切られ、P3Cが追跡
を継続した。船の上に袋のようなものがあるのが見えるだろう。この中には
人が入っていた可能性があったんだ……』
その瞬間、それまでざわついていた教室が静まり返りました。ビデオには
時折、工作船の上で閃光が光る様子が映っていたのですが、分隊長は『工作
船がP3Cに威嚇射撃しているんだ』と説明してくれました」
対潜哨戒機P3C。八一年に初めて導入され、現在八十機が鹿屋、八戸、厚
木、那覇等に配備されている。海上自衛隊幕僚監部によると、P3Cは一年三百
六十五日欠かさず毎日一回、北海道の周辺海域、日本海、東シナ海上を飛
び、警戒監視活動を行うとともに、突発的な事案の発生に備え、常時もう一
機が基地に待機しているという。
元海上自衛隊幹部が語る。
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これは メッセージ 1 (mitokoumon_2002 さん)への返信です.