教科書訴訟原告の家永三郎氏死去
投稿者: masa4618 投稿日時: 2002/12/01 14:00 投稿番号: [28173 / 232612]
32年間にわたる教科書検定訴訟の原告として、国の教育へのかかわり方を問い続けた歴史学者で東京教育大名誉教授の家永三郎(いえなが・さぶろう)氏が先月29日に死去していたことが1日、わかった。89歳だった。近親者のみで密葬をする。自宅は公表していない。
13年、名古屋市生まれ。37年に東京大文学部国史学科を卒業後、同大史料編さん所で仏教思想史や倭(やまと)絵を研究した。旧制新潟高教授から44年に東京高等師範(後の東京教育大、現筑波大)教授。77年に東京教育大を定年退官した後は中央大教授も務めた。
62年度検定で執筆した高校教科書「新日本史」(三省堂)が不合格、63年度検定で条件付き合格になった。「検定は教育や表現の自由に反し違憲、違法」として65年、国に損害賠償を求める訴訟を起こした(第1次訴訟)。
67年には、66年度検定での不合格処分取り消しを求めて提訴(第2次訴訟)。さらに、「南京大虐殺」などの記述を修正させた80、83年度検定が不当だとして、84年に損害賠償請求訴訟を起こした(第3次訴訟)。
第3次訴訟では97年、最高裁で、検定そのものは合憲だが、「七三一部隊」「南京大虐殺」など4カ所の記述削除を求めたのは裁量権逸脱で違法だとする「一部勝訴」判決が確定した。
半生を費やした教科書裁判を通じ、国による教育内容の統制を批判し、教育はだれのものかを問い続けた。支援運動は全国に広がり、一般市民が教育行政に対して発言する土壌になった。
それまでの教科書検定は、日本の侵略行為についての記述を薄めさせる方向に働いていたが、徐々に強権的な姿勢が軟化し、歴史教科書に加害の記述が増えた。これも教科書裁判の効果だとされている。 (12:42)
http://www.asahi.com/obituaries/update/1201/001.html氏のなされた功績は、いろいろな批判もあるでしょうが多大な功績があったことも事実だと思います。ご冥福をお祈りいたします。
しかし、朝からすごい投稿数ですね!
今見てびっくり!
これは メッセージ 1 (mitokoumon_2002 さん)への返信です.
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