飼い犬にかまれたことがありますか?
投稿者: keewswen1868 投稿日時: 2002/11/20 21:11 投稿番号: [23763 / 232612]
普段かわいがっている飼い犬でも、エサを食べているときに近づくと、噛み付いてくることがある。
犬にすれば、自分のエサを守るのは本能だから仕方がない。当然というば当然の反応だ。
人間の場合はどうだろうか?
北朝鮮は拉致事件を起こしたのだから、非難されて当然だ。日本人が北朝鮮を非難するのは、当然といえば当然の反応だ。
しかし待てよ。
「日本書紀」 三の巻きでは、世界を一つの家にしなさい、と書いてある。
これは、八紘一宇 (はっこういちう) と言われている教えだ。
不幸にも、この教えは閨閥 (けいばつ) の一員である、松岡洋右 (ようすけ) によって、大東亜共栄圏構想に利用されてしまった。
しかし、教えそのものは間違っていない。
日本人がこの八紘一宇の教えに従うのであれば、北朝鮮とは一つ屋根の下で共存していかなければならない。
人間は犬ではないのだ。当然といえば当然と思われる言動をとってはならない。
我々は、動物である前に人間なのである。
北朝鮮とはすみやかに国交を正常化し、一つ屋根の下で暮らしていかなければならない。
欧米人の日本人観は、啓蒙されていない民族である。
日本人は大和魂によって、盲目的に 「国体」 のために尽くす。エサを守ろうとする犬のように、国体の面目を守るために、北朝鮮に噛み付く。
啓蒙思想とは、反国体思想だ。
拉致問題などどうでも良い。八紘一宇の教えに従い、近隣諸国とはひとつ屋根の下で暮らすことに努力することが、啓蒙主義だ。
参考文献 :
日本人はルソー、ジョン・スチュアート・ミルなど、啓蒙思潮が世に送った長い系列の思想家を読んで、近代をはじめた。
その後、彼らはそれらの書物と思想を脇によけた。
彼らは近代経済を築いたが、(これまでいくつもの視座 (パースペクテイヴ) から考えてきたように) 近代的な社会を築かなかった。
戦後、彼らは臣民ではなく市民になったが、自分たちが参加する市民社会 (シヴィル・ソサエテイ) を作らなかった。
彼らは民主主義の機構をもっているが、民主主義をもっていない。
ポストモダニズムをいかに考えようとも、日本人はとにかく失格である。
先端技術と奇想天外な将来の夢をはぎとるならば、彼らの視座が、往々にしてポストモダン (後近代) ではなくプレモダン (前近代) であることがわかるだろう。
日本人はいまどこにいるのか。これからどこへ行こうとしているのか。
これらはもっともな質問だが、その答え方には注意が必要だ。
「彼らは遅ればせながら彼らなりの啓蒙の入口に立つ。彼らはようやく、われわれに近い者になろうとしている」 というのが、長いあいだ西欧における通念だった。
日本人は自分の心と社会の改造に取り組むうちに、そうなるかもしれない。
さもなければ、日本人はまったく別の方向へ行くかもしれない。
『日本人だけが知らない日本のカラクリ』 パトリック・スミス (米国人ジャーナリスト)、新潮社2000年発行、p.224より引用
これは メッセージ 1 (mitokoumon_2002 さん)への返信です.