小泉首相の訪朝と課題について☆☆☆☆☆

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逆コースって何?

投稿者: keewswen1868 投稿日時: 2002/11/19 22:09 投稿番号: [23470 / 232612]

逆コースがあるからには、順コースがあるはず。

順コースは米軍の戦後日本の当初の占領計画だ。

パールハーバーを奇襲した日本人を根絶することなく、日本の社会に自由と民主主義を植えつけるというものであった。


しかしこの計画は1947年に変更され、逆コースをたどることになる。この逆コースをもたらしたものは、米ソの冷戦の始まりだった。

この冷戦により、米国は日本を反共の砦として利用することを思い立つ。そして順コースの民主化構想は棚上げとなり、逆コースをたどることになる。

つまり、戦前の財閥支配の復活だ。閨閥   (けいばつ)   支配の復活だ。

岸信介に恩赦を与え、首相にすえ、日米安保条約を締結するために利用した。

財閥は解体されず、やはり棚上げとなった。



逆コースはもう終わったのであろうか?


どうでしょ。投稿者にはわからない。

はっきりしているのは、冷戦が終わったこと、そして閨閥支配は麻生太郎に象徴されるように、今も続いているということ。


しかしね〜、日本人はもっと民主化運動を個人レベルでおこす必要があるんじゃないのかな〜。

デモ行進は不必要!

真の歴史を学び、閨閥支配の日本をなげくことが必要なのでは。


北朝鮮問題を採り上げれば、小泉首相はなぜ訪朝したのか?

北朝鮮の核保有は、米国の仕組んだものか?

米中接近は日本に変化を強いるのか?

日本のとるべき道は善隣外交か、それとも軍事力の誇示か?

他にもいろいろな疑問が湧き出てくるが、答えは自分で出さなくてはならない。それが民主主義に求められるハードルだからだ。他人に追随してはいけない、それが個人主義を流れるべき血液だからだ。




参考文献   :


1946年の選挙は   ・・・・・   まずアメリカで、その後、東京で   ・・・・・   事態を一変させた。

それにつづく一連の出来事を日本人は   「逆コース」   と呼ぶが、この略称が示すとおり、その根幹はアメリカの優先事項の変更にあった。


逆コースは1947年にはじまり、GHQのニューディール派の追放とともに、反共のイデオローグと財政主義の保守派が勢力を奪還した。

一年後には、国家安全保障会議   (NSC)   指令という形で政策として現れた。

起草者は、対共産主義封じ込め戦略の提唱者として名高いジョージ・ケナン。

名称こそ地味だが、重大な意味をもつ   「NSC文書13−22号」   は、日本に冷戦をもたらした。

翌年、毛沢東が北京を奪い、さらにその翌年には、朝鮮戦争が勃発。

これらの出来事は当初の戦後改革の運命を決定づけるとともに、その後、40年問にわたる日本人の運命を決定づけた。


「NSC文書13−22号」   は、経済復興ならびに、(冷戦時代の聖杯である)   安定を優先させ、改革を放棄させた。





『日本人だけが知らない日本のカラクリ』   p.21より引用、

新潮社2000年発行、著者のパトリック・スミスは米国人ジャーナリスト。

ニューヨーク・タイムズ・ブック・レビュー誌はこの本を   「フレッシュで価値ある洞察を示す」   と評した。
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