Re: 「一つの考え」ではなくて、事の本質で
投稿者: blueimpulse_jp 投稿日時: 2007/10/07 17:09 投稿番号: [230810 / 232612]
横から失礼します
東京裁判をどう国として捉えるか
私は裁判という名においての戦勝国からの報復と終戦処理後の連合国側のアジア覇権をめぐるパワーゲームの二つの側面があると思っています。
パワーゲームとしては米主導による憲法制定と財閥解体、恒久的米駐留軍の設置で共産圏支配を免れたわけですけど、これらはあくまでも戦勝国側の都合。
では報復的側面をどう捉えたらいいのか。
報復は日本が国として受けるにやむなし。
戦争遂行指導者も反対者も民間人も関係なく受けざるを得ず、どのような報復をされても負けた以上仕方がなかったし、文句も言えなかったところですけど、こう言ってはなんですが生贄最小限の犠牲でカタをつけてもらったと言うべきか、カタがつきました。
したがって、そうであるならば分詞はするべきではなく国の礎として全員等しく祭られねばならないと考えます。
したがって東京裁判における戦犯だからの理由での分詞は承服できません。
分詞をするというのであればその理由はあくまで我が国内の事情でなければならない。
戦争に負けた責任
敗戦責任を取らせる。と、その一点のみで承服します。
これは メッセージ 230809 (mackrinrin さん)への返信です.
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