Re: めぐみさんの為に訪朝をすると言った不
投稿者: shinzerosen01 投稿日時: 2007/04/13 21:45 投稿番号: [230368 / 232612]
横から失礼します。
>結局、かつて江藤淳氏が批判されたように、
ご承知でしょうが、江藤氏は文学的には大江健三郎や石原慎太郎とほぼ同じ時期にデビューした文芸評論家で、大学在学中に書いた漱石論で知られるようになりました。その江藤氏は平成11年に自ら命を絶ちましたが、婦人を亡くした事が一番大きな理由といわれており、氏も直前に手記を書いていますが、私は創作力の衰えも大きな理由ではなかったかと考えています。この点、江藤氏が師と仰いでいた小林秀雄氏と対照的でした。
江藤氏は敗戦後の日本人の意識を、GHQの占領政策により生み出された特殊な言語空間が生み出したものと断じ、その歪められた日本人の意識を回復させるためにアメリカの占領政策やそれが後々に与えた様々な影響を詳細に研究した。
江藤氏の研究が今だに影響を残していると感じるのは、小堀桂一郎氏や渡辺昇一氏と言った学者の、東京裁判やいわゆるA級戦犯合祀についての論考を目にしたときです。この人々は江藤氏と同様、戦犯合祀に反対ではない。興味深いのは、江藤氏と竹馬の友と言うべき石原慎太郎氏が明確に合祀に反対(否定的あるいは批判的)の立場をとっていることです(石原氏と江藤氏は湘南高校の先輩後輩の関係でした。江藤氏は石原氏を「ちんた」と呼んでいたそうですが)。
江藤氏は自らの文学を治者の文学と称していました。これは日本の伝統的な文学が、特に明治以降弱者、被支配者の文学であったことの江藤氏なりの批判から始めたことでしたが、この立場を超えられなかったことが江藤氏の創作力を衰えさせた遠因であろうと考えています。
江藤氏はかつて悲しみの底におろした錨が文学の源泉だと書いていた記憶がありますが、治者たる石原氏は錨としっかり繋がっているのに対し、治者の文学を志した江藤氏は、錨と切れてしまったように思える。江藤氏が晩年ギリシャ神話を持ち歩いていたというのは象徴的です。
私は戦後史研究者としての江藤氏は確固とした業績を残し広範な影響を及ぼしたものの、文学者としての江藤氏が晩年多産だったとは思えない。歴史家として治者の立場をとることと、文学者として治者の立場をとることとは相容れないようです。
これは メッセージ 230349 (kisikaisei2004 さん)への返信です.
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