朝日に匂う櫻花
投稿者: shinzerosen01 投稿日時: 2007/01/21 20:34 投稿番号: [230111 / 232612]
朝日に匂う櫻花
作詞;本間雅晴 作曲:佐藤長助
1
朝日に匂う 櫻花 春や霞める 大八週(おおやしま)
紅葉色映え 菊かおる 秋空高く 富士の山
昔ながらの 御柱と 立ててぞ仰ぐ 神の国
2
三千年来 一系の 皇統伝えて 百余代
天祖の勅(みこと)儼として 大義名分 あきらかな
国の礎 いや固く 久遠の光 かがやけり
3
君の恵みの 深ければ 内に平和の 栄えあり
国の守りの 堅ければ 外侮りを 受けずして
文化の流れ 汲みわけて 進む一路は 極みなし
4
世に比(たぐい)なき 国体を 護りて結ぶ 民族が
使命と進む 王道の 障碍(しょうげ)をなさん ものあらば
祖国の愛に 燃え立てる 我等が赤き 血をしらん
5
見よ奉天の一戦を 腥風荒(すさ)び鉄火飛び
真只中を益良夫(ますらお)が 勇敢決死凛々しくも
敵を破りて勝鬨に 天はどよみて地は撼(ふる)う
6
名に負う旅順の鉄壁を 砕く肉弾死屍の山
跳び越え跳び越え進み行き 不落の要塞奪いたる
父祖の血潮を受けし身の 我等が意気は人ぞ知る
7
建軍遠き昔より 弾雨の試練幾度(いくたび)か
身を鴻毛に比べつつ 山より重き義を守り
勇士の誉いや高き 勲や代々(よよ)に輝かん
8
如何なる幸か国民の 多きが中に選ばれて
国の干城(みたて)と大君に 召し出されしつわものを
股肱(ここう)と仰せ給いつる 優詔(ゆうじょう)何に譬(たと)うべき
9
ああ国防の前線に 立てる我等の任(にん)重し
五条の御訓(おしえ)かしこみて 栄(はえ)ある勤め励みつつ
時(とき)し来たらば身を捨てて いでや示さん大和魂(やまとだま)
10
旭日(あさひ)の御旗(みはた)飜(ひるが)えし 皇師(こうし)堂々進む時
我等の腕は高鳴りて 熱血胸に迸(ほとばし)り
翳(かざ)す正義の旗風(はたかぜ)の 向かうところに敵はなし
http://www.geocities.jp/abm168/
本間中将が中佐の頃に応募して(何に応募したかは不明ですが)教育総監選定歌になった歌だそうです。歌詞は古色蒼然として今から見ると時代錯誤であり、天皇制軍国主義者が外国侵略を自ら正当化するために書いた詩などと左翼から頓珍漢な批判が出てきそうな詩ですが、北原白秋や西条八十が逆立ちしても書けない詩だと思います。
>8
如何なる幸か国民の 多きが中に選ばれて 国の干城(みたて)と大君に 召し出されしつわものを 股肱(ここう)と仰せ給いつる 優詔(ゆうじょう)何に譬(たと)うべき
この8番の詩から、敗戦前の、軍人だけでなく国家官僚が持っていたであろう誇り、使命感が何に由来するかがわかるように思います。敗戦後はもちろん消えてしまいましたが。今は公務員は国民全体に奉仕することになっている。戦前の【天皇制官僚制度】と敗戦後の【民主制下の官僚制度】と、どちらの官僚が無私であったか、【公僕】に値するのはどちらだったか、言わずとも明らかだと思います。
敗戦で、私達は父祖がもっていた誇りを持つことを禁じられ、そのまま60年も経過してしまった。日本人の本当の誇りというものがどういったものか、本間中将のこの詞が私達に示してくれています。
>国の守りの 堅ければ 外侮りを 受けずして
3番の歌詞にあるとおり、拉致問題の本質も本間中将が示してくれています。根本的な解決もこれしかないでしょう。
作詞;本間雅晴 作曲:佐藤長助
1
朝日に匂う 櫻花 春や霞める 大八週(おおやしま)
紅葉色映え 菊かおる 秋空高く 富士の山
昔ながらの 御柱と 立ててぞ仰ぐ 神の国
2
三千年来 一系の 皇統伝えて 百余代
天祖の勅(みこと)儼として 大義名分 あきらかな
国の礎 いや固く 久遠の光 かがやけり
3
君の恵みの 深ければ 内に平和の 栄えあり
国の守りの 堅ければ 外侮りを 受けずして
文化の流れ 汲みわけて 進む一路は 極みなし
4
世に比(たぐい)なき 国体を 護りて結ぶ 民族が
使命と進む 王道の 障碍(しょうげ)をなさん ものあらば
祖国の愛に 燃え立てる 我等が赤き 血をしらん
5
見よ奉天の一戦を 腥風荒(すさ)び鉄火飛び
真只中を益良夫(ますらお)が 勇敢決死凛々しくも
敵を破りて勝鬨に 天はどよみて地は撼(ふる)う
6
名に負う旅順の鉄壁を 砕く肉弾死屍の山
跳び越え跳び越え進み行き 不落の要塞奪いたる
父祖の血潮を受けし身の 我等が意気は人ぞ知る
7
建軍遠き昔より 弾雨の試練幾度(いくたび)か
身を鴻毛に比べつつ 山より重き義を守り
勇士の誉いや高き 勲や代々(よよ)に輝かん
8
如何なる幸か国民の 多きが中に選ばれて
国の干城(みたて)と大君に 召し出されしつわものを
股肱(ここう)と仰せ給いつる 優詔(ゆうじょう)何に譬(たと)うべき
9
ああ国防の前線に 立てる我等の任(にん)重し
五条の御訓(おしえ)かしこみて 栄(はえ)ある勤め励みつつ
時(とき)し来たらば身を捨てて いでや示さん大和魂(やまとだま)
10
旭日(あさひ)の御旗(みはた)飜(ひるが)えし 皇師(こうし)堂々進む時
我等の腕は高鳴りて 熱血胸に迸(ほとばし)り
翳(かざ)す正義の旗風(はたかぜ)の 向かうところに敵はなし
http://www.geocities.jp/abm168/
本間中将が中佐の頃に応募して(何に応募したかは不明ですが)教育総監選定歌になった歌だそうです。歌詞は古色蒼然として今から見ると時代錯誤であり、天皇制軍国主義者が外国侵略を自ら正当化するために書いた詩などと左翼から頓珍漢な批判が出てきそうな詩ですが、北原白秋や西条八十が逆立ちしても書けない詩だと思います。
>8
如何なる幸か国民の 多きが中に選ばれて 国の干城(みたて)と大君に 召し出されしつわものを 股肱(ここう)と仰せ給いつる 優詔(ゆうじょう)何に譬(たと)うべき
この8番の詩から、敗戦前の、軍人だけでなく国家官僚が持っていたであろう誇り、使命感が何に由来するかがわかるように思います。敗戦後はもちろん消えてしまいましたが。今は公務員は国民全体に奉仕することになっている。戦前の【天皇制官僚制度】と敗戦後の【民主制下の官僚制度】と、どちらの官僚が無私であったか、【公僕】に値するのはどちらだったか、言わずとも明らかだと思います。
敗戦で、私達は父祖がもっていた誇りを持つことを禁じられ、そのまま60年も経過してしまった。日本人の本当の誇りというものがどういったものか、本間中将のこの詞が私達に示してくれています。
>国の守りの 堅ければ 外侮りを 受けずして
3番の歌詞にあるとおり、拉致問題の本質も本間中将が示してくれています。根本的な解決もこれしかないでしょう。