Re: 「硫黄島からの手紙」 (米)
投稿者: shinzerosen01 投稿日時: 2006/12/14 22:17 投稿番号: [229940 / 232612]
>でもあの時点で戦争を止められなかった日本の軍部指導者に
責任はあるのは確かでしょう。
戦争の見極めは勝っていても負けていても、負けていればなおさら難しいでしょう。その見極めが出来なかったのは、日米戦が日本にとっては、必ずしも必然性の高い戦争ではなかったからでしょう。
日本側が到底受け入れがたい条件ではあったとはいえ、ハルノートの通り大陸から撤退しフランス領インドシナを明渡し、独伊同盟を破棄すれば戦争を避けられた蓋然性は高いのではないか。そもそもアメリカは日本と戦争をする体制がなかった。真珠湾攻撃で世論が沸騰して漸く戦争の準備に着手したわけで、それから半年は日本のやりたい放題だった。
大体が政治家も官僚も、軍人の多くも開戦に反対で、世論や一部の軍人に押されて止むを得ず始めた戦争に勝てるはずがない。開戦の通告が遅れてアメリカからだまし討ちと言われて、この戦争は最初からケチがついていた。
政治家は始めてはならない戦争を始めた責任があり、軍人は戦争に敗れた責任がある。政治家、軍人を兼ねた人物が一番大きな責任を問われるのは当然だと思います。
>日本国内は無垢な国民や無理やり戦場に行かされた兵士のこと
つまり感傷的な反戦映画しか作れてないのが現状ですが
昭和も45年頃までは戦争をくぐってきた人達が多く生きていて、今のコメディのような映画は作れなかった。作る側も戦争の体験があったのでしっかりした映画があったと思います。しかし日本人に戦争の記憶が薄れ、戦争に向き合う現実が消えるにつれて戦争映画もつまらなくなったように思います。軍人を軍人として描く事が出来なくなった。
イーストウッド監督の映画の優れたところは、栗林中将を国を守る使命をになう軍人の本分を描きながら、なおその人間性を捕らえているところでしょう。日本映画では国家のために戦うという軍人の本命を描く事がない。妙に感傷的であったりします。敗戦後の日本の社会を反映しているのでしょう。
>歴史の勉強からはじめないと話になりませんね。
あの戦争を始めた指導者に対する見方も、戦争体験によりいろいろ違うようです。一夜で親兄弟、帰る家を焼かれて天涯孤独になった人と、田舎でラジオや新聞で戦況を聞き親兄弟も無事に戦後を迎えた人では、戦争指導者に対する見方も180度違うようです。実地に戦地に行き戦友の死を見取り自身も生死の境をさまよった人が語る戦争体験と、少年期、少女期に体験した開戦の熱気を今に至るまで失わず戦争指導者を語る人とでは、これまた正反対の見方をするでしょう。
あの戦争は確かにアジアを開放し欧米の植民地支配を終結させた偉大な戦争であったかもしれないが、今の世界を見れば実質的に欧米の支配は続いています。それに引きかえ日本は失ったものが余りにも多すぎた。物理的な損害は回復したが、精神的混乱はますます深まっています。
歴史の勉強にもいろいろあって、一方に偏った勉強では意味が無いですね。
これは メッセージ 229935 (herbherbgreen さん)への返信です.
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