空飛ぶ納屋の戸
投稿者: shinzerosen01 投稿日時: 2006/10/18 22:14 投稿番号: [229628 / 232612]
「これはゼロ戦の一年以上前、1937年に作られた、イギリス・グロスター社のF.5/34です。」
「世間ではゼロ戦のパクリ元と目されている機体ですよ。」
(略)
「ゼロ戦の開発当初、設計チームのエンジン選択には2つの選択肢がありました。一つは小型ですが低出力の瑞星エンジン、もう一つはそれより一回り大きい金星エンジンです。後の発展性のことを考えれば金星エンジンを選択するほうが望ましかったのですが、F.5/34のカウリングの大きさから言って、瑞星を使わなければ不安だったんでしょうね。」
(略)
「形が似ているというのは単なる印象論ではないです。ゼロ戦とF.5/34とは、寸法や翼面積もほとんど一緒なのですよ。いくら時期が近かったからといって、ここまで数値が近いというのは偶然にしてはありえないのではないでしょうか?」
翼面積 翼幅 全長
零戦21型 22.44㎡ 12m 9.06m
グロスターF.5/34 21.36㎡ 11.63m 9.76m
「さらにゼロ戦は運用思想を変更した後期の52型になると、もうほとんど数値が一致し」
翼面積 翼幅 全長 自重 翼面荷重
零戦52型甲 21.30㎡ 11m 9.12m 1900kg 89kg/㎡
グロスターF.5/34 21.36㎡ 11.63m 9.76m 1894kg 89kg/㎡
「これはもはや完全な同一機種と言って差し支えないのではないでしょうか?これほど寸法が一致していて、他機種であるなどということは、常識的に考えてありえません。たとえば同一機種のBf109のE型とF型、スピットファイアのV型とIX型の違いのほうが遥かに大きいですから。」
「何なんでしょうね。
堀越はゼロ戦を格闘戦機から一撃離脱機に変更した際に、その点で優れていたコピー元に先祖帰りでもさせたのでしょうか?」
(略)
「もう一つ、ゼロ戦の開発には不自然な点があるんですよ。それはゼロ戦がありえないぐらいハイスピードで開発されているということです。当時基礎科学力の著しく低かった日本の兵器開発の歴史を紐解いてみると、他国の兵器や技術を模倣した場合とちがって、独自に開発した場合は極めて時間がかかるという特徴があるのです。事実、ゼロ戦の後継機開発は随分と長い時間をかけたにもかかわらず、すべて失敗に終わり、終戦までゼロ戦が第一線機として使い続けられています。」
「そこへ来るとゼロ戦の場合は、三菱が計画説明書を提出してから試作一号機がわずか11カ月という異例の速度で完成したのです。おまけにキ33の設計を片手間にやりながら・・・・。あまりに不自然すぎると思いませんか?
三菱はもうすでに出来上がった基礎設計を持っていたとしか考えられないのではないでしょうか。」
(略)
「つまり三菱がまともに飛ばせるだけの航空機を自分のところで設計できるようになってから、わずか2年でゼロ戦の開発にまでこぎつけたわけなのですよ。そんな人たちの基礎科学力や設計データに基づいて、短期間にそれほど世界水準と遜色ない空力的洗練の航空機を設計するのは果たして可能なのでしょうか?要求された仕様にしたがって、既存の航空機にチョットだけ手をつけるので精一杯だったのではないですか?」
「日本の某有名な設計技師も、P-51の設計に関して次のようなコメントを出しています。」
(略)
本機(P-51)の形態や構造をみると、とうてい120日やそこらでできあがった機体とは思われない。液冷発動機にぴったり合わせた流線型の非常に美しいライン、舵面の振り合い、細部まで行き届いた空力設計、軽量で量産向きの構造―――これらはノースアメリカン社か、シュミード技師かが、すでに腹案というよりも、できあがった基礎設計をもっていたものと考えられる。
これにイギリスの設計要求で若干の修正をおこない、昼夜兼業で試作用の図面を画き、部品はいきなり原図を画いて、図面ができるそばから製作していったものであろうと想像する。
堀越二郎
「これは零戦を設計した堀越主任の文章です。翻って、自分の場合はどうなんだ?という問いを彼に投げかけたいものです。6ヶ月で試験飛行までこぎつけたP-51と同様に、15ヶ月で試験飛行を開始した、お話にならないほどの技術小国だった日本の某戦闘機にも出来上がった基礎設計があったのではないでしょうか?そしてそれは果たして日本で生まれたものなのでしょうか?」
「世間ではゼロ戦のパクリ元と目されている機体ですよ。」
(略)
「ゼロ戦の開発当初、設計チームのエンジン選択には2つの選択肢がありました。一つは小型ですが低出力の瑞星エンジン、もう一つはそれより一回り大きい金星エンジンです。後の発展性のことを考えれば金星エンジンを選択するほうが望ましかったのですが、F.5/34のカウリングの大きさから言って、瑞星を使わなければ不安だったんでしょうね。」
(略)
「形が似ているというのは単なる印象論ではないです。ゼロ戦とF.5/34とは、寸法や翼面積もほとんど一緒なのですよ。いくら時期が近かったからといって、ここまで数値が近いというのは偶然にしてはありえないのではないでしょうか?」
翼面積 翼幅 全長
零戦21型 22.44㎡ 12m 9.06m
グロスターF.5/34 21.36㎡ 11.63m 9.76m
「さらにゼロ戦は運用思想を変更した後期の52型になると、もうほとんど数値が一致し」
翼面積 翼幅 全長 自重 翼面荷重
零戦52型甲 21.30㎡ 11m 9.12m 1900kg 89kg/㎡
グロスターF.5/34 21.36㎡ 11.63m 9.76m 1894kg 89kg/㎡
「これはもはや完全な同一機種と言って差し支えないのではないでしょうか?これほど寸法が一致していて、他機種であるなどということは、常識的に考えてありえません。たとえば同一機種のBf109のE型とF型、スピットファイアのV型とIX型の違いのほうが遥かに大きいですから。」
「何なんでしょうね。
堀越はゼロ戦を格闘戦機から一撃離脱機に変更した際に、その点で優れていたコピー元に先祖帰りでもさせたのでしょうか?」
(略)
「もう一つ、ゼロ戦の開発には不自然な点があるんですよ。それはゼロ戦がありえないぐらいハイスピードで開発されているということです。当時基礎科学力の著しく低かった日本の兵器開発の歴史を紐解いてみると、他国の兵器や技術を模倣した場合とちがって、独自に開発した場合は極めて時間がかかるという特徴があるのです。事実、ゼロ戦の後継機開発は随分と長い時間をかけたにもかかわらず、すべて失敗に終わり、終戦までゼロ戦が第一線機として使い続けられています。」
「そこへ来るとゼロ戦の場合は、三菱が計画説明書を提出してから試作一号機がわずか11カ月という異例の速度で完成したのです。おまけにキ33の設計を片手間にやりながら・・・・。あまりに不自然すぎると思いませんか?
三菱はもうすでに出来上がった基礎設計を持っていたとしか考えられないのではないでしょうか。」
(略)
「つまり三菱がまともに飛ばせるだけの航空機を自分のところで設計できるようになってから、わずか2年でゼロ戦の開発にまでこぎつけたわけなのですよ。そんな人たちの基礎科学力や設計データに基づいて、短期間にそれほど世界水準と遜色ない空力的洗練の航空機を設計するのは果たして可能なのでしょうか?要求された仕様にしたがって、既存の航空機にチョットだけ手をつけるので精一杯だったのではないですか?」
「日本の某有名な設計技師も、P-51の設計に関して次のようなコメントを出しています。」
(略)
本機(P-51)の形態や構造をみると、とうてい120日やそこらでできあがった機体とは思われない。液冷発動機にぴったり合わせた流線型の非常に美しいライン、舵面の振り合い、細部まで行き届いた空力設計、軽量で量産向きの構造―――これらはノースアメリカン社か、シュミード技師かが、すでに腹案というよりも、できあがった基礎設計をもっていたものと考えられる。
これにイギリスの設計要求で若干の修正をおこない、昼夜兼業で試作用の図面を画き、部品はいきなり原図を画いて、図面ができるそばから製作していったものであろうと想像する。
堀越二郎
「これは零戦を設計した堀越主任の文章です。翻って、自分の場合はどうなんだ?という問いを彼に投げかけたいものです。6ヶ月で試験飛行までこぎつけたP-51と同様に、15ヶ月で試験飛行を開始した、お話にならないほどの技術小国だった日本の某戦闘機にも出来上がった基礎設計があったのではないでしょうか?そしてそれは果たして日本で生まれたものなのでしょうか?」