続・山本七平2
投稿者: sofiansky2003 投稿日時: 2006/09/10 12:10 投稿番号: [229273 / 232612]
山本七平が自己の経験も踏まえ、それぞれを解説しているところですが、
特に注目したのは、第1カ条の前段の続きの部分であります。
「然るに作戦その他で兵に要求される事は、総て精兵でなければできない仕事ばかりだった。」
(山本七平は、砲兵将校として、内地で訓練を受け、比島で苦労した。)
後は、要約です。
砲撃は、砲車・目標・観測所の関係でなりたつ。
通常、砲は後ろで、観測所ははるか前方に出て、この二つを電話・無電・手旗信号等でつなぐ。
ここで<芸>が生じる。
1つ目は、方向角と射距離の換算率のすべてと、砲車・目標・観測所のあらゆる関係位置が頭の中に入っているという人間、簡単に言えば頭の中が電算機のようになっている人間をつくりだすことにある。
→この<芸>の極意に達した人が、<射撃の名人>とか<神様>なる。
2つ目は、射撃観測で、炸裂する砲弾があげる白煙の基部を瞬時に観測して、眼鏡内の目盛りで目標との誤差を計らなければならない。煙はすぐに消え、また風で移動するから、文字通り「瞬間的」な一種の「カン」で捉える。
さらに短延期榴弾となると地表に落ちた砲弾がはねあがって、空中で炸裂するようにできているので、さらに<名人芸>が要請される。
日本の砲兵はこればかり訓練して、練りに練り上げたらしい。
ところが、比島というジャングルの中では、そもそも着弾しても土煙が上がらなかった。
さらに、通信手段としての、電話・無線はできないときに、手旗信号ということになるが、これも密林で視界がきかなかった。
こういう状況になると、前提はすべて崩れてしまい、<名人芸>の出番がなくなる。
米軍では、この問題の解決のために、砲弾が土中にもぐって、自らあけた穴を筒にして、煙柱を吹き上げる砲弾を開発し、ジャングルの中でも、着弾点を分かるようにした。
これは「物量」の問題ではないと、七平は嘆いている。
現在でも、ハイテクの世界の中で、日本人の細やか・精密さ・勘というか、最後は経験豊かな個人芸を要請されることがある。
このことは日本人の長所でも短所でもあるのでしょう。
これは メッセージ 229272 (sofiansky2003 さん)への返信です.
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