Re: 真偽をあれこれったって
投稿者: shinzerosen01 投稿日時: 2006/09/09 22:27 投稿番号: [229253 / 232612]
>昭和天皇様のお気持ちに感謝の思いでいる方々は少なからずいるはずです。
例えば、次のような戦死者の方々の遺族でしょう。東条は、硫黄島に送られた250名の老兵とともに祀られている。居心地はいいんだろうか。
>また、仕事に私情を持ち込んだばかりか、反対意見には耳を塞いだ。個人的に嫌いな人物や敵対者を召集して激戦地に赴任させるというやりかたも東條酷愛の方法で、毎日新聞社編『決定版・昭和史−−破局への道』『毎日新聞百年史』に詳しい竹槍事件では1944年2月23日毎日新聞朝刊に「竹槍では勝てない、飛行機だ」と自分に批判的な記事を書いた新名丈夫記者を37歳という高齢で二等兵召集し、硫黄島へ送ろうとした。これに対して、新名記者が黒潮会(海軍省記者クラブ)の主任記者であった経過から海軍が抗議した。新名記者は大正年間に徴兵検査をうけたのであるが、まだ当時は大正の老兵は1人も召集されてはいなかった。そこで海軍は「大正の兵隊をたった1人取るのはどういうわけか」と陸軍をねじこんだ。陸軍は、あわてて大正の兵隊を250人丸亀連隊に召集してつじつまをあわせた。新名記者自身はかつて陸軍の従軍記者であった経歴と海軍の庇護により連隊内でも特別の待遇を受け三箇月で召集解除になったが、上の老兵250人は硫黄島で戦死することになる。陸軍は新名を再召集しようとしたが、海軍が先に徴用令を出し新名の命を救った。
また、逓信省工務局長松前重義は東條反対派の東久邇宮に接近したために、42歳にして召集され、南方で電柱かつぎに使役された。高松宮宣仁親王は日記のなかで次のように述べている。『松前運通省工務局長が応召したとの話で尋ねたら、やはり熊本の西部22部隊に二等兵として召集された由、実に憤慨にたえぬ。陸軍の不正であるばかりでなく、陸海軍の責任であり国権の紊乱である』。 陸軍内の東條嫌いで有名だった前田利為は、東條によって南方の激戦地に転任させられ、搭乗機を撃墜されて死亡したが、東條はわざわざこれを戦死ではなく戦傷病死扱いにして遺族の年金を減額したといわれている。
ガダルカナル島の戦いで輸送船の増船を求める参謀本部の要求を拒否し、直談判にきた田中新一作戦部長が「馬鹿野郎」と暴言を吐くと、翌日田中は南方へ転勤になった。
特高警察と東京憲兵隊を重用し、一般人に圧力を加えるために用いた点において、法理上の問題がある。東條政府打倒のために重臣グループなどと接触を続けた衆議院議員中野正剛を東方同士会(東方会が改称)ほか三団体の幹部百数十名とともに検挙した。中野は釈放後、憲兵隊の監視下で自決に追い込まれる。全国憲友会編「日本憲兵正史」では陸軍に入隊していた子息の「安全」と引きかえに自決を迫られたものと推定している。また中野を取り調べ容疑不十分で釈放した四十三歳の中村登音担当検事には、その報復として召集令状が届いた。
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%c5%ec%be%f2%b1%d1%b5%a1
例えば、次のような戦死者の方々の遺族でしょう。東条は、硫黄島に送られた250名の老兵とともに祀られている。居心地はいいんだろうか。
>また、仕事に私情を持ち込んだばかりか、反対意見には耳を塞いだ。個人的に嫌いな人物や敵対者を召集して激戦地に赴任させるというやりかたも東條酷愛の方法で、毎日新聞社編『決定版・昭和史−−破局への道』『毎日新聞百年史』に詳しい竹槍事件では1944年2月23日毎日新聞朝刊に「竹槍では勝てない、飛行機だ」と自分に批判的な記事を書いた新名丈夫記者を37歳という高齢で二等兵召集し、硫黄島へ送ろうとした。これに対して、新名記者が黒潮会(海軍省記者クラブ)の主任記者であった経過から海軍が抗議した。新名記者は大正年間に徴兵検査をうけたのであるが、まだ当時は大正の老兵は1人も召集されてはいなかった。そこで海軍は「大正の兵隊をたった1人取るのはどういうわけか」と陸軍をねじこんだ。陸軍は、あわてて大正の兵隊を250人丸亀連隊に召集してつじつまをあわせた。新名記者自身はかつて陸軍の従軍記者であった経歴と海軍の庇護により連隊内でも特別の待遇を受け三箇月で召集解除になったが、上の老兵250人は硫黄島で戦死することになる。陸軍は新名を再召集しようとしたが、海軍が先に徴用令を出し新名の命を救った。
また、逓信省工務局長松前重義は東條反対派の東久邇宮に接近したために、42歳にして召集され、南方で電柱かつぎに使役された。高松宮宣仁親王は日記のなかで次のように述べている。『松前運通省工務局長が応召したとの話で尋ねたら、やはり熊本の西部22部隊に二等兵として召集された由、実に憤慨にたえぬ。陸軍の不正であるばかりでなく、陸海軍の責任であり国権の紊乱である』。 陸軍内の東條嫌いで有名だった前田利為は、東條によって南方の激戦地に転任させられ、搭乗機を撃墜されて死亡したが、東條はわざわざこれを戦死ではなく戦傷病死扱いにして遺族の年金を減額したといわれている。
ガダルカナル島の戦いで輸送船の増船を求める参謀本部の要求を拒否し、直談判にきた田中新一作戦部長が「馬鹿野郎」と暴言を吐くと、翌日田中は南方へ転勤になった。
特高警察と東京憲兵隊を重用し、一般人に圧力を加えるために用いた点において、法理上の問題がある。東條政府打倒のために重臣グループなどと接触を続けた衆議院議員中野正剛を東方同士会(東方会が改称)ほか三団体の幹部百数十名とともに検挙した。中野は釈放後、憲兵隊の監視下で自決に追い込まれる。全国憲友会編「日本憲兵正史」では陸軍に入隊していた子息の「安全」と引きかえに自決を迫られたものと推定している。また中野を取り調べ容疑不十分で釈放した四十三歳の中村登音担当検事には、その報復として召集令状が届いた。
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%c5%ec%be%f2%b1%d1%b5%a1
これは メッセージ 229251 (shinzerosen01 さん)への返信です.