江田島そして靖国
投稿者: wooo_blit_2008 投稿日時: 2006/03/28 23:22 投稿番号: [227434 / 232612]
今晩は。
>そこには特攻で散華された全員のお名前が壁面の大理石に刻まれており、なみなみと水を湛えた大きな白い器が正面に供えられています。ただそれだけの小部屋です。ですが私は体が竦みました。ここは興味本位で来てはいけない神聖な廟所であるとあらかじめ説明されてはいたのですがその意味がはっきりとわかりました。護国のために命を捧げてくださった英霊に感謝するなどというなまぬるい気持ちでは申し訳なくて逃げ出したくなるほどの迫力がそこにはありました。
私は江田島には行ったことがありませんが、rachi_yamero さんの感じられた印象がよく分かる気がします。興味本位と言いますか、冷やかしや物見遊山で立ち入る場所ではないとの意味では確かに靖国も同様と思います。どちらもレジャー施設のようなつもりで見学に行くのは厳に慎むべきでしょう。
>靖国神社という場所も江田島と同じように本当は誰でも気軽に行ってはいけない場所なのではないでしょうか。すべての戦争犠牲者を等しく慰霊したいのなら他の場所を探すべきで靖国神社は相応しい場所ではないのではないでしょうか。もっとはっきりいえば靖国神社は平和を祈る場所ではないだろうということです。命を懸けても必ず国を守りますと先人に誓う場所ではないのかと私には思われます。
ただし、こちらの文面には私なりにはやや違和感を憶えました。あくまで靖国に限ってですが、まず、気軽に行ってはいけない場所である・・・確かに一面ではそうなのですが、最初に気軽に行った事が日本の史実や戦争への認識を深める契機になるという事もあります。冷やかし的な予断を持って靖国に行くことには私も当然反対ながら、肩肘張らずに行ってみるという行為を私は否定的に捉えていません。
すべての戦争犠牲者を等しく慰霊したいのなら他の場所を・・・靖国は一義的に従軍し国を守るために戦った戦没者の慰霊顕彰施設ですから、当然そうなるでしょう。しかし、貴殿にしろ北国さん、ゼロ戦さんにしろ何故にこの既に周知のことを提起して議論されてるのかが、やや腑に落ちません。
空襲等で亡くなった一般市民の方々と戦地で戦死された兵士の方々には、自ずと死への覚悟においては程度差があったと思われます。むろん失われた命の重み自体には両者で違いはありません。ただ、死を常に身近に感じながらも国家や郷土のために戦わざるを得なかった兵士や従軍者を後の国家国民が特に手厚く慰霊する行為に私は何の疑念も感じません。靖国はそういう場所ですし、さらに一般戦没者を慰霊対象にしていないから、平和を祈る場所として相応しくないとの見解にはやや的外れな印象を受けました。
また参考までに、靖国神社には「鎮霊社」という世界中の戦死者・一般犠牲者を等しくお祀りする社も存在します。
一つの理想論として、確かに戦死者と一般戦没者を全て等しくお祀りできる場所であったなら、それこそこれに叶うものはないでしょう。しかし、戦死者は亡くなった経緯や因果関係・お名前等が特定でき靖国神社も霊璽簿にお名前を記して安置することが可能ですが、一般戦没者の方は亡くなった経緯・因果関係・お名前を把握するのも非常に困難が伴うと推測できます。
ま、それが靖国が一般戦没者を慰霊対象にしてないことの理由にはなりませんが、要は戦死者と一般戦没者の方々を夫々に相応しい場所・形態で慰霊することが出来ればそれで良いのではないでしょうか。
最後に、命を懸けても必ず国を守りますと先人に誓う場所ではないのかと私には思われます・・・・の部分ですが、私の記憶では靖国神社とくに遊就館内の各種説明やリーフレット類の記述は、「戦わざるを得なかった」といった表現が多かったと記憶しています。つまり戦う行為を能動的には捉えておらず止むを得ず戦わざるを得なかったという受動的なスタンスであると思うのです。 国家を守るためと言えども戦うことを奨励してるようには私にはどうしても思えないのです。
靖国が平和を祈る場所だと私は考えますが、しかし人によって様々な感想や捉え方があるのも致し方ないのかも知れませんね。 こっちから勝手にレスしておきながら取り止めのない内容になってしまい恐縮です。
>そこには特攻で散華された全員のお名前が壁面の大理石に刻まれており、なみなみと水を湛えた大きな白い器が正面に供えられています。ただそれだけの小部屋です。ですが私は体が竦みました。ここは興味本位で来てはいけない神聖な廟所であるとあらかじめ説明されてはいたのですがその意味がはっきりとわかりました。護国のために命を捧げてくださった英霊に感謝するなどというなまぬるい気持ちでは申し訳なくて逃げ出したくなるほどの迫力がそこにはありました。
私は江田島には行ったことがありませんが、rachi_yamero さんの感じられた印象がよく分かる気がします。興味本位と言いますか、冷やかしや物見遊山で立ち入る場所ではないとの意味では確かに靖国も同様と思います。どちらもレジャー施設のようなつもりで見学に行くのは厳に慎むべきでしょう。
>靖国神社という場所も江田島と同じように本当は誰でも気軽に行ってはいけない場所なのではないでしょうか。すべての戦争犠牲者を等しく慰霊したいのなら他の場所を探すべきで靖国神社は相応しい場所ではないのではないでしょうか。もっとはっきりいえば靖国神社は平和を祈る場所ではないだろうということです。命を懸けても必ず国を守りますと先人に誓う場所ではないのかと私には思われます。
ただし、こちらの文面には私なりにはやや違和感を憶えました。あくまで靖国に限ってですが、まず、気軽に行ってはいけない場所である・・・確かに一面ではそうなのですが、最初に気軽に行った事が日本の史実や戦争への認識を深める契機になるという事もあります。冷やかし的な予断を持って靖国に行くことには私も当然反対ながら、肩肘張らずに行ってみるという行為を私は否定的に捉えていません。
すべての戦争犠牲者を等しく慰霊したいのなら他の場所を・・・靖国は一義的に従軍し国を守るために戦った戦没者の慰霊顕彰施設ですから、当然そうなるでしょう。しかし、貴殿にしろ北国さん、ゼロ戦さんにしろ何故にこの既に周知のことを提起して議論されてるのかが、やや腑に落ちません。
空襲等で亡くなった一般市民の方々と戦地で戦死された兵士の方々には、自ずと死への覚悟においては程度差があったと思われます。むろん失われた命の重み自体には両者で違いはありません。ただ、死を常に身近に感じながらも国家や郷土のために戦わざるを得なかった兵士や従軍者を後の国家国民が特に手厚く慰霊する行為に私は何の疑念も感じません。靖国はそういう場所ですし、さらに一般戦没者を慰霊対象にしていないから、平和を祈る場所として相応しくないとの見解にはやや的外れな印象を受けました。
また参考までに、靖国神社には「鎮霊社」という世界中の戦死者・一般犠牲者を等しくお祀りする社も存在します。
一つの理想論として、確かに戦死者と一般戦没者を全て等しくお祀りできる場所であったなら、それこそこれに叶うものはないでしょう。しかし、戦死者は亡くなった経緯や因果関係・お名前等が特定でき靖国神社も霊璽簿にお名前を記して安置することが可能ですが、一般戦没者の方は亡くなった経緯・因果関係・お名前を把握するのも非常に困難が伴うと推測できます。
ま、それが靖国が一般戦没者を慰霊対象にしてないことの理由にはなりませんが、要は戦死者と一般戦没者の方々を夫々に相応しい場所・形態で慰霊することが出来ればそれで良いのではないでしょうか。
最後に、命を懸けても必ず国を守りますと先人に誓う場所ではないのかと私には思われます・・・・の部分ですが、私の記憶では靖国神社とくに遊就館内の各種説明やリーフレット類の記述は、「戦わざるを得なかった」といった表現が多かったと記憶しています。つまり戦う行為を能動的には捉えておらず止むを得ず戦わざるを得なかったという受動的なスタンスであると思うのです。 国家を守るためと言えども戦うことを奨励してるようには私にはどうしても思えないのです。
靖国が平和を祈る場所だと私は考えますが、しかし人によって様々な感想や捉え方があるのも致し方ないのかも知れませんね。 こっちから勝手にレスしておきながら取り止めのない内容になってしまい恐縮です。
これは メッセージ 227401 (rachi_yamero さん)への返信です.