Re: 矛盾ってどこが?
投稿者: rosinante_replay 投稿日時: 2006/03/28 10:45 投稿番号: [227418 / 232612]
>戦死 戦傷死 餓死等 残された遺族の思いは
>複雑怪奇やるせない思いです。
心中察するに余りあります。
私は、曽祖父まで入れると、身内に5人軍隊経験者がいます。
二人は戦死しましたが、三人は帰還できました。
一昨年、歴戦の海軍兵だった叔父が亡くなりました。
彼は、16歳で入隊し、ハワイ攻略戦から参戦し、搭乗していた艦船が三度沈められ、三度目瑞鶴沈没が最後でした。
中韓を含め、反戦運動において靖国を戦争賛美の象徴のように言われますが
国家として困難な事態に直面し、国を挙げて取り組んできた、その戦争という緊急時において参加したもの、またさせられたものに対し、国として何の顕彰もせずに済まされるのであれば、兵士はそのやり遂げようとした目的さえ認めれないということになります。
たとえば日本で言えば戦国時代、武将ばかりが取りざたされ、足軽を始め一兵卒は語れることはありません。
三国志においては兵士は消耗品と一括りで、その他大勢でしかなく、死んでしまえば野辺に埋葬されればまだましな方だったでしょう。
彼らを国家として、命令権者として顕彰せずに終わらせるほうが問題だと私は考えています。
組織の目的と個人の目的が合致するものではありませんが、危機に際し大儀に准じた。
A級戦犯は分けろという意見もあります。
東京裁判が裁判ではないということを別にしても
作戦の失敗を組織を超えて裁けるものではないでしょう。
国の戦略を誤り、外交の不手際をそのときの権力者だからと裁いてすむ問題ではなく、突発的に戦端を開いたのでもなく、歴史の一事象は必然でしかない。
石原莞爾ではないが「ペリーを呼んで来い」そこまで遡って検証しなければならない。
いかなる死に方であろうが戦った結果なのだと思ってます。
通信兵だった叔父は、発艦さえままならぬ若年兵たちが撃ち落とされるのを耳で聞いていました。
小沢中将の無念を目の当たりにしていました。
艦載機の機銃掃射を浴びながら、鮫を避けながら半日漂流していたそうです。
個人として、遺族として靖国に参ることを拒否する気持ちもわからないわけではありませんが、国家としては「礎」と称えることを躊躇ってはならないと思います。
これは メッセージ 227417 (scorpionti さん)への返信です.
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