Re: 横横>Re: 零戦様
投稿者: kemex2201 投稿日時: 2006/03/24 00:52 投稿番号: [227264 / 232612]
靖国の国立化・・・いいかもしれませんね。
新たに鎮魂碑なんかこさえるのではなく。神社って名前をいっそとっちまってもいいんじゃないかと。とはいえ、やはり護国の精神の器としての名称はやはり「社」が相応しいんですが。
どうしても神社が駄目なら国立靖国招魂宮とか。上手く説明しにくいんですが、社と宮だと意味が違うので。それで、幕末からの戦没者を全て、将官だろうが商人だろうが、日本の為に戦った人は例外なく合祀してしまう。あの場所と、あの建物と、靖国という名前が残れば多少の変更はいいんじゃないかと。「靖国で会おう」と、待ち合わせた護国の精神たちも迷わずに済むはずです。
以前も書きましたが、靖国に集まるのはそれぞれの魂ではありません。それぞれの御霊は家族のもとへ帰り、供養されています。靖国に集うのは個々の魂ではなく、護国の精神です。
愛するものたち、親しい友、父祖代々の歴史を重ねた野や山や川そして海。風やことば、文化。有形無形のすべての日本・・・自らのいのちを育んでくれた日本といううつくしいくにを想う、その精神です。たとえ肉体は朽ち、個々の人物が忘れられてしまっても、遠く人知れぬジャングルの中にはかなくその骨を晒していても、靖国に宿る精神は敬われ、受継がれていくのです。個々の成仏とか、神格化ではなく、欲望や未練が削ぎ落とされ、純化された総体としての強い祈りが靖国の精であり、神となる。
そこで頭を垂れ、感謝と祈りを捧げることで永久に記憶が継続していきます。この日本がつづく限り、千代に八千代にさざれ石の苔のむすまで。
この位置づけを明確にすれば、民族の魂の器、国家として奉じるに足る、施設になると思うんですけどね。
これは メッセージ 227255 (kitaguniniakogarete さん)への返信です.
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