Re: ブッシュ・ドクトリン
投稿者: komash0427 投稿日時: 2006/03/18 01:37 投稿番号: [227063 / 232612]
米の安保戦略改訂
北朝鮮の反発は必至
6者協議に影響
2006年03月17日11時42分
http://www.asahi.com/international/update/0317/010.html
米国が16日公表した「国家安全保障戦略」は北朝鮮を圧制国家の一つと位置づけ、不信感を鮮明にしており、北朝鮮側が反発を強めるのは確実だ。米国による金融制裁に反発しつつも最近は軟化の兆しをみせていたが、休会が長期化している6者協議への影響も避けられそうにない。
ニューヨークでの7日の米朝接触で問題解決に向けた両国間の協議機関の設置を提案するなど、北朝鮮は米国の譲歩を期待していたふしがある。だが、米国はこの提案受け入れに否定的とされ、偽ドル札などの不法行為と核問題は別だとする主張を堅持したままだ。
北朝鮮も表向きの主張は変えておらず、朝鮮労働党機関紙の労働新聞は13日付で「米国が(北朝鮮への)敵視政策を放棄しない限り、6者協議再開と核問題の解決は期待できない」と米国を非難していた。今回の安保戦略は、北朝鮮に「敵視政策」を再認識させることになった形だ。
米安保戦略は、北朝鮮、イラン、シリア、キューバ、ベラルーシ、ミャンマー(ビルマ)、ジンバブエを圧制国家の典型例として名指しした。世界の圧制を終わらせるために米国は民主主義を広めるとしている。
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>米国が16日公表した「国家安全保障戦略」は北朝鮮を圧制国家の一つと位置づけ、不信感を鮮明にしており、北朝鮮側が反発を強めるのは確実だ。米国による金融制裁に反発しつつも最近は軟化の兆しをみせていたが、休会が長期化している6者協議への影響も避けられそうにない。
朝日的には、「共和国を圧制国家などというと、将軍様がへそを曲げてしまうではないですか。もっと米国はやわらかく接してあげてください」。
NYテロ後の2002年1月の大統領一般教書では「悪の枢軸」と発言。(強硬)
この年の7月にブルネイで行われたASEAN+3外相会議でパウエル国務長官・白南淳北外相が「コーヒー会談」。(宥和)
ここで第1次小泉訪朝
ただし、10月に高濃縮ウラン開発疑惑を提示して北核問題が再燃。疑惑を認め、開発をやめれば、ボールドバーゲン(強硬と宥和)
2003年8月は6カ国協議スタート。
2004年2月と6月に6カ国協議開催(6月の協議後、大統領選挙もありしばらく停止)。
この間の5月に第2次小泉訪朝。
秋ごろに米議会で北朝鮮自由化法案成立。
2005年は、「圧制の拠点」と非難。(強硬)
2月10日に北は核保有宣言。
その後、ライス長官は「北朝鮮を主権国家として認める」と発言。(宥和)⇒パンダハガー・スコウクロフトの諫言があったとか。
5月から7月にかけて、北核実験実施説浮上。米軍による軍事行使計画もあったとされるなか、6カ国協議再開。(強硬と宥和)
9月に合意するも、デルタ銀行への金融制裁。(強硬)
そして今回の安保戦略改訂。(強硬)
こうしてブッシュ政権の対北アプローチを大雑把ながら振り返りますと、強硬と宥和を交互させながら、今日まで至っています。
日本流に言うと圧力と対話ということになるのでしょうが、あるときは強く、あるときは宥める姿勢で一応は、対価を与えずに北朝鮮の核開発やミサイル開発などを封じこめているということになりますでしょうか。
ただ、封じ込め以上の成果となる体制瓦解につながるようなアプローチはまだないようです。
70年代の終わり頃、欧州の安全保障を討議するオスロ会議なるものが開かれ、そこで東西ヨーロッパの人的交流、通信やラジオ・テレビメディアの相互受信を促進しようというオスロ宣言(だったか?)が採択されたと記憶しています(かなり前のことなので自信ないですが)。
米国の棍棒外交は時には成功することもあるし、失敗すると半端じゃすまなくなりますので、個人的には欧州のやり方が北朝鮮の情報封鎖を解いて、体制瓦解に繋がるのかなーと漠然と思っていますが、らちさんへもレスしましたように、今もこれからも韓国に期待するのは無駄なことのように思えます。
まったくどうしたものかと(勝手に)八方塞に陥っている状態が続いています。
旧ソ連出身の朝鮮半島専門家であるA.ラニーコフ教授は、金正日の後継者が育たないという前提条件つきであと20年後には後継者もいないだろうからその頃には集団指導体制にうつるか体制崩壊するであろうと予言しています。
それまで待つしかてだてはないのでしょうか。
2006年03月17日11時42分
http://www.asahi.com/international/update/0317/010.html
米国が16日公表した「国家安全保障戦略」は北朝鮮を圧制国家の一つと位置づけ、不信感を鮮明にしており、北朝鮮側が反発を強めるのは確実だ。米国による金融制裁に反発しつつも最近は軟化の兆しをみせていたが、休会が長期化している6者協議への影響も避けられそうにない。
ニューヨークでの7日の米朝接触で問題解決に向けた両国間の協議機関の設置を提案するなど、北朝鮮は米国の譲歩を期待していたふしがある。だが、米国はこの提案受け入れに否定的とされ、偽ドル札などの不法行為と核問題は別だとする主張を堅持したままだ。
北朝鮮も表向きの主張は変えておらず、朝鮮労働党機関紙の労働新聞は13日付で「米国が(北朝鮮への)敵視政策を放棄しない限り、6者協議再開と核問題の解決は期待できない」と米国を非難していた。今回の安保戦略は、北朝鮮に「敵視政策」を再認識させることになった形だ。
米安保戦略は、北朝鮮、イラン、シリア、キューバ、ベラルーシ、ミャンマー(ビルマ)、ジンバブエを圧制国家の典型例として名指しした。世界の圧制を終わらせるために米国は民主主義を広めるとしている。
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>米国が16日公表した「国家安全保障戦略」は北朝鮮を圧制国家の一つと位置づけ、不信感を鮮明にしており、北朝鮮側が反発を強めるのは確実だ。米国による金融制裁に反発しつつも最近は軟化の兆しをみせていたが、休会が長期化している6者協議への影響も避けられそうにない。
朝日的には、「共和国を圧制国家などというと、将軍様がへそを曲げてしまうではないですか。もっと米国はやわらかく接してあげてください」。
NYテロ後の2002年1月の大統領一般教書では「悪の枢軸」と発言。(強硬)
この年の7月にブルネイで行われたASEAN+3外相会議でパウエル国務長官・白南淳北外相が「コーヒー会談」。(宥和)
ここで第1次小泉訪朝
ただし、10月に高濃縮ウラン開発疑惑を提示して北核問題が再燃。疑惑を認め、開発をやめれば、ボールドバーゲン(強硬と宥和)
2003年8月は6カ国協議スタート。
2004年2月と6月に6カ国協議開催(6月の協議後、大統領選挙もありしばらく停止)。
この間の5月に第2次小泉訪朝。
秋ごろに米議会で北朝鮮自由化法案成立。
2005年は、「圧制の拠点」と非難。(強硬)
2月10日に北は核保有宣言。
その後、ライス長官は「北朝鮮を主権国家として認める」と発言。(宥和)⇒パンダハガー・スコウクロフトの諫言があったとか。
5月から7月にかけて、北核実験実施説浮上。米軍による軍事行使計画もあったとされるなか、6カ国協議再開。(強硬と宥和)
9月に合意するも、デルタ銀行への金融制裁。(強硬)
そして今回の安保戦略改訂。(強硬)
こうしてブッシュ政権の対北アプローチを大雑把ながら振り返りますと、強硬と宥和を交互させながら、今日まで至っています。
日本流に言うと圧力と対話ということになるのでしょうが、あるときは強く、あるときは宥める姿勢で一応は、対価を与えずに北朝鮮の核開発やミサイル開発などを封じこめているということになりますでしょうか。
ただ、封じ込め以上の成果となる体制瓦解につながるようなアプローチはまだないようです。
70年代の終わり頃、欧州の安全保障を討議するオスロ会議なるものが開かれ、そこで東西ヨーロッパの人的交流、通信やラジオ・テレビメディアの相互受信を促進しようというオスロ宣言(だったか?)が採択されたと記憶しています(かなり前のことなので自信ないですが)。
米国の棍棒外交は時には成功することもあるし、失敗すると半端じゃすまなくなりますので、個人的には欧州のやり方が北朝鮮の情報封鎖を解いて、体制瓦解に繋がるのかなーと漠然と思っていますが、らちさんへもレスしましたように、今もこれからも韓国に期待するのは無駄なことのように思えます。
まったくどうしたものかと(勝手に)八方塞に陥っている状態が続いています。
旧ソ連出身の朝鮮半島専門家であるA.ラニーコフ教授は、金正日の後継者が育たないという前提条件つきであと20年後には後継者もいないだろうからその頃には集団指導体制にうつるか体制崩壊するであろうと予言しています。
それまで待つしかてだてはないのでしょうか。
これは メッセージ 227042 (sofiansky2003 さん)への返信です.