シン元工作員 総書記から指示
投稿者: sofiansky2003 投稿日時: 2006/02/02 21:54 投稿番号: [225494 / 232612]
インタビューに応じたのは、シン・グァンス元工作員が昭和60年に韓国でスパイ容疑で逮捕された際に取り調べにあたった当時の国家安全企画部のコ・スギル元捜査官です。シン元工作員は、昭和55年6月、大阪の中国料理店の店員だった原敕晁さんを宮崎の海岸から拉致し、原さんになりすまして工作活動をしていたとみられています。これについて、コ元捜査官は「シン元工作員は、日本人に完ぺきになりすまし、東南アジアを経て北朝鮮に自由自在に入国できた。キム・ジョンイル総書記に直接会ったことがある一級の工作員だ」と述べました。そのうえで「シン元工作員の供述から、日本人の原さんを拉致した背景にはキム総書記の指示があったことがわかった」と述べたうえで、シン元工作員が取り調べのなかで「キム総書記から直接、拉致の指示を受けていた」と話していたことを初めて明らかにしました。シン元工作員をめぐっては、最近になって、地村保志さん夫妻が自分たちを拉致した実行犯だと証言したほか、曽我ひとみさんもシン元工作員自身から横田めぐみさんを拉致したのは自分だと聞いていたことが明らかになっています。日本政府は、4日から北京で始まる日朝の政府間協議で、拉致問題の解決を最優先の課題として取りあげ、生存者の帰国やシン・グァンス元工作員ら拉致事件の容疑者の引き渡しを求める方針です。
http://www3.nhk.or.jp/news/2006/02/02/d20060202000153.html・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
1985年2月24日、辛光洙は原さんになりすました、渡韓していたところを逮捕、
同年6月28日韓国安全企画部は、原さんを宮崎海岸から拉致したことを発表、
その他、牛出津事件等多くの拉致事件に関与したことを証言、
日本の警視庁公安部はすぐに動き、渡韓したが、多くの資料を持って帰国すると、
捜査指揮をとっていた幹部が変わっており、この立件は見送られた。
(立件を見送った理由には、この他に全斗煥大統領の軍事政権下での
拷問を含む取調べに対する証拠採用に対する態度にもある。)
辛光洙は、その後死刑判決を受けるが、
2000年6月の南北首脳会談の見返りで、北朝鮮に<凱旋帰国>
それにしても、このときに日本に引き渡しを受けて、
徹底的に調べておれば、金賢妃の大韓航空機撃墜事件(1987年)もなかったのでは、
と言われているくらい。
以上、川邊克明「拉致はなぜ防げなかったのか」から主旨のみ。
この辛光洙に<保釈運動署名>をやった政党・代議士もいるのだが。
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