山梨県民集会 ・荒木和博氏
投稿者: komash0427 投稿日時: 2005/12/11 15:47 投稿番号: [224075 / 232612]
泊まっているホテル荷物を片付けながら、「さてこれから先、どうしたらいいんだろう」「どういう風に責任をとれるんだろうか」という想いで、途方にくれて荷物を片付けておりましたら、電話がかかってまいりました。
電話をかけてきたのは、当時拉致気連の事務局長でありました、平沢勝栄さんでございました。平沢さんは、のちにいろいろな経緯がありまして、いろいろうまくいかないことがあったわけですけれども、あの時平沢さんの電話がなかったら、状況はまた、全く変わっております。
平沢さんの電話はどういうことかといいますと、「今平壌で、蓮池さんたちに直接会った、梅本さんという(当時イギリス大使館公使・前の北東アジア課長ですが)この方がまだ東京にいる。ひょっとしたら会えるかもしれない」という話でございました。「それはじゃぁ、是非すぐにお願いします」と頼んで、連絡の取れるご家族に引き返してもらいました。といっても、横田さんのご家族、蓮池さんのご家族だけです。蓮池さんのご両親とお兄さん、そして横田さんのご両親と双子の弟さんたち、そして私の合計8人。
その日の5時半だったと思いますが、外務省に参りまして、梅本さんにあった。
言ってきた言葉を、東京にそのまま伝えただけです」という風にいったんです。
「話が違うじゃないか!<北朝鮮側がこういっているという話>と、<確認をしました。亡くなっておられますという話>は天と地の差がある。これはまったくの違った話である。訂正をしなさい」というふうに申し入れだんですが、梅本さんは「上司と相談して・・」と言うだけで何も動こうとしませんでした。
みなさん、覚えていると思いますが、あの9月17日の昼過ぎから、選挙の開放速報のように、テレビにこうやって「だれだれさん、横田めぐみさん死亡、蓮池薫さん生存」と(テロップが流れました。)覚えていらっしゃる方もあると思います。あの時は、まだご家族には何も伝えられてはいない。あの時政府がやったことは、実はとんでもないことです。つまり家族を外務省の公館の中に隔離しておいて、マスコミから切り離しておいて、そこで話をする前に、もう情報をどんどんリークして、誰が生きてる、死んでるという話をどんどん流してしまった。そして家族には、確認をしていないことを、「確認をしました。間違いありません」 と伝えたんです。
あの時、もし政府が、「確認はしていません。北朝鮮はこういっています。」というふうに言ったらですね、世論の受け止め方、あるいはマスコミの報道は全部違っていました。亡くなったということだけ伝えている。
しかもそれだけではありません。あの9月17日の朝の時点で北朝鮮側から伝えられた書類には、死んだといわれた人たちは、死んだ日付まで全部入っていた。ところがその日付を聞いたときには、政府は伝えていない。ご家族が飯倉公館で「いつ死んだんですか」といってもですね、「わかりません」といっているんです。わかりませんじゃないんです。わかっているんです。わかっていて伝えなかった。どうして伝えなかったか?その日付が完全にでたらめだったからです。目撃証言があった日付より、もっと前に死んでいることになっているんです。ご家族が見たら、みただけでこれはウソだとわかる。うそだということがわかってしまえば、そこで拉致問題を終わりにしようとしていたのが、ご破算になってしまう。ということでそれを伝えようとしなかった。
のちにマスコミが事実をすっぱ抜きまして、明らかになるわけでございますけれども、私は、この一連の動きを見ていまして、『国家権力が、いかに恐ろしいものか』ということを、本当に痛感しました。
あの時は日朝国交正常化をどうしてもやりたい。そのためには、国民の命など関係ない。これが、あの時小泉政権が、やったことでございます。
そしてその一年後、二年後ですね(数えながら)3月に、夜森本美砂さんから電話をもらいまして、「山梨県警から電話をもらって、山形県で見つかった遺体とDNA鑑定の結果が一致したというふうに伝えられてきた」という話でございました。(つづく)
電話をかけてきたのは、当時拉致気連の事務局長でありました、平沢勝栄さんでございました。平沢さんは、のちにいろいろな経緯がありまして、いろいろうまくいかないことがあったわけですけれども、あの時平沢さんの電話がなかったら、状況はまた、全く変わっております。
平沢さんの電話はどういうことかといいますと、「今平壌で、蓮池さんたちに直接会った、梅本さんという(当時イギリス大使館公使・前の北東アジア課長ですが)この方がまだ東京にいる。ひょっとしたら会えるかもしれない」という話でございました。「それはじゃぁ、是非すぐにお願いします」と頼んで、連絡の取れるご家族に引き返してもらいました。といっても、横田さんのご家族、蓮池さんのご家族だけです。蓮池さんのご両親とお兄さん、そして横田さんのご両親と双子の弟さんたち、そして私の合計8人。
その日の5時半だったと思いますが、外務省に参りまして、梅本さんにあった。
言ってきた言葉を、東京にそのまま伝えただけです」という風にいったんです。
「話が違うじゃないか!<北朝鮮側がこういっているという話>と、<確認をしました。亡くなっておられますという話>は天と地の差がある。これはまったくの違った話である。訂正をしなさい」というふうに申し入れだんですが、梅本さんは「上司と相談して・・」と言うだけで何も動こうとしませんでした。
みなさん、覚えていると思いますが、あの9月17日の昼過ぎから、選挙の開放速報のように、テレビにこうやって「だれだれさん、横田めぐみさん死亡、蓮池薫さん生存」と(テロップが流れました。)覚えていらっしゃる方もあると思います。あの時は、まだご家族には何も伝えられてはいない。あの時政府がやったことは、実はとんでもないことです。つまり家族を外務省の公館の中に隔離しておいて、マスコミから切り離しておいて、そこで話をする前に、もう情報をどんどんリークして、誰が生きてる、死んでるという話をどんどん流してしまった。そして家族には、確認をしていないことを、「確認をしました。間違いありません」 と伝えたんです。
あの時、もし政府が、「確認はしていません。北朝鮮はこういっています。」というふうに言ったらですね、世論の受け止め方、あるいはマスコミの報道は全部違っていました。亡くなったということだけ伝えている。
しかもそれだけではありません。あの9月17日の朝の時点で北朝鮮側から伝えられた書類には、死んだといわれた人たちは、死んだ日付まで全部入っていた。ところがその日付を聞いたときには、政府は伝えていない。ご家族が飯倉公館で「いつ死んだんですか」といってもですね、「わかりません」といっているんです。わかりませんじゃないんです。わかっているんです。わかっていて伝えなかった。どうして伝えなかったか?その日付が完全にでたらめだったからです。目撃証言があった日付より、もっと前に死んでいることになっているんです。ご家族が見たら、みただけでこれはウソだとわかる。うそだということがわかってしまえば、そこで拉致問題を終わりにしようとしていたのが、ご破算になってしまう。ということでそれを伝えようとしなかった。
のちにマスコミが事実をすっぱ抜きまして、明らかになるわけでございますけれども、私は、この一連の動きを見ていまして、『国家権力が、いかに恐ろしいものか』ということを、本当に痛感しました。
あの時は日朝国交正常化をどうしてもやりたい。そのためには、国民の命など関係ない。これが、あの時小泉政権が、やったことでございます。
そしてその一年後、二年後ですね(数えながら)3月に、夜森本美砂さんから電話をもらいまして、「山梨県警から電話をもらって、山形県で見つかった遺体とDNA鑑定の結果が一致したというふうに伝えられてきた」という話でございました。(つづく)
これは メッセージ 224074 (komash0427 さん)への返信です.