娘を失いて海鳴り哀し・・・めぐみさんの母
投稿者: gerald_rudolph_ford_junior 投稿日時: 2005/11/14 13:12 投稿番号: [223158 / 232612]
私がいつも一番懐かしく思い出すのは、
リボンをつけたお下げを揺らしながら遊んでいるめぐみの姿でした。
私は娘を思って、短歌を作るようにもなりました。
初めて作ったのは、こんな悲しい歌でした。
はろばろと睦み移りし雪の街に
娘を失いて海鳴り哀し
新潟にいるあいだ、一日も欠かさずにつけていた門灯を消すとき、めぐみが修学旅行のお土産に買ってきたサボテンに可愛い小さな花が一つ咲いたとき、そして、寄居中学までの通学路を歩くとき、短歌がポロポロと口からこぼれて残りました。
朝まだき
さえずる鳥の声も哀し
子を待つ淡き門灯三とせ
消えし子よ
残せるサボテン花咲けり
かく小さくも生きよと願う
如雨露に涙の露もそそぎいつ
行方知れじ子
残す花守る
秋のこの
かそけし道を汝は何
秘めてたどりしか
行方も知れず
めぐみが中学を卒業する頃、私はよく一人で浜辺に出ました。その日、浜には幾人かの女学生が遊んでいました。
何事もなければ、めぐみも、きっとあの乙女らの中に混じって、楽しくはしゃいでいたでしょうに・・・・・・。
巣立ちし日
浜にはなやぐ乙女らに
帰らぬ吾娘の名を呼びてみむ
海の向こうに浮かんでいる赤いブイが、娘の持っていた赤いスポーツバッグに思えて、長いあいだ凝視していたこともありました。
佐渡も海も茜に染むる浜に立てば
わが魂は神に触れゆく
吸い込まれていくように思える日没時の茜色は、はかり知れない永遠へと、私の心を導いてゆきました。
私が娘を思って泣き、娘の遺留品を捜し求めて歩いた長い浜辺に続くどこかの海岸から、娘は一人拉致されていったのでした。今どき、人を攫って海の向こうへ連れ去るなどという蛮行が許されるのでしょうか。
まるで物語ようにすら思える恐ろしい現実でした。
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