小泉首相の訪朝と課題について☆☆☆☆☆

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Re: 非軍人 延亨黙 (補足)

投稿者: sofiansky2003 投稿日時: 2005/10/24 22:12 投稿番号: [221610 / 232612]
延亨黙の経歴
(既に故人に入っている)
http://www.piks.or.tv/person/person/yonhyongmuk.htm


(サンケイWebから)
北No.3、軍需産業統括の延亨黙氏死去   軍部の発言力強化も

  【ソウル=久保田るり子】北朝鮮の金正日総書記の側近で事実上のナンバー3だった延亨黙・国防委員会副委員長(朝鮮労働党政治局員候補)が二十二日、病死した。二十四日、国葬が営まれる予定だ。延亨黙氏は金正日総書記の信頼が特に厚かったとされ、金総書記の心痛は大きそうだ。また同氏は文民として軍需産業を統括、軍への影響力を保持してきたが、その死去により今後、軍部自体の発言力の強化も予想される。

  北朝鮮の朝鮮中央通信は二十三日、延亨黙副委員長が「不治の病」のため二十二日に死去したと報じた。七十三歳だった。北朝鮮の最高権力機関の国防委員会は訃告で、「党と首領に対する厚い忠誠心と高い実力を持って偉業に尽くした同志を失うことは党と人民の大きな損失」と述べた。

  延亨黙氏は一九八〇年代から政務院総理(首相)として非同盟諸国会議や南北首相会談など外交分野での経験が豊富なほか、九〇年代は北部慈江道の責任者として中小型発電所増設で地方経済を立て直し、経済専門家として経済改革や軍需産業を取りまとめる実務政治家としての能力から「金総書記の外交・経済アドバイザー」ともいわれた。

  一九三一年、北部の咸鏡北道出身で五〇年代に当時のチェコスロバキアに留学。八三年に金正日氏が秘密訪中した際に同行したのをはじめ、近年の金総書記の訪中、訪露には必ず同行。金総書記は同氏を「私の同志」「私の友」と呼んでいたとされる。

  九〇年代後半に一時、表舞台から引いた時期もあったが、経済改革の手腕が評価されて中央に復帰してからは、九八年に権限が強化された国防委員会で軍需産業を担当、二〇〇三年に同委員会の副委員長に就任、事実上のナンバー3となっていた。

  延亨黙氏の死去による権力構造への影響はないとみられるが、国防委員会内で延氏のように外交もわかる文民出身の経済通は見当たらない。また軍需産業担当の後任が軍から出る可能性があり、その場合は軍の発言力が強まりそうだ。

  同氏は数年前から膵臓(すいぞう)がんを患っていたとされ、昨年はロシアで手術を受けたとの説がある。今年六月に慈江道責任書記の職から外れ、病状悪化がうわさされていたが、今月十日の朝鮮労働党創建六十周年の閲兵式には金総書記らとともにひな壇に姿を見せていた。
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