小泉首相の訪朝と課題について☆☆☆☆☆

Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー

[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

【編集長より】「中華」と「小華」

投稿者: tommy39deo3 投稿日時: 2005/10/08 14:11 投稿番号: [219581 / 232612]
近頃、朝鮮半島の眼が大陸にしか向いていない、北朝鮮は勿論、韓国も現実的な対外政策のパートナーとして中国を選びはじめている、という発言をよく聞く。
が、半島の大陸よりは今に始まったことではない。寧ろ、試行錯誤的な不安定国家が、ついに納まるべき鞘へと納まりはじめたと表現したほうが理にかなう。

ご存知の通り、「華」とは文明をあらわす。げんに中国人は自らを「華人」という。そして国名を「中華」と名乗る。これは「宇宙唯一の文明の所在がシナにある」という自負をあらわしている。それに比べれば、物理的に説明のできる、我が国の「日、出づる国」という副題などかわいいものである。

14世紀末、高麗王朝に替わって朝鮮に覇をおこした「李氏王朝」は、「明」に使いを遣わし、自らの国号を選んでもらった。そこで「朝鮮」という名を与えられた。また、年号も「明」のものを用いた。こうなれば完全なる「宗支の関係」である。
ついには、シナの「中華」に対し、自らを「小華」と呼びはじめた。

日本が維新を成し遂げたとき、わが明治政府はこの「李氏朝鮮」に日本の政権交代を告げる特使を送った。が、この時の「李氏朝鮮」の対応が冷然としていた。
「皇(おう)とはなんだ、皇たるお人は北京におわすだけではないか。無学の倭人は、まさに蛮夷そのものである」
当時、対朝鮮外交は対馬藩がうけもっていた。従って朝鮮にあるその公館は日本大使館そのもののはずである。朝鮮人はその「大使館」の門前に、
「倭、無法の国というべし」
という公文書を張りつけた。
現在の関係とよく似ている。

が、かつての日本に、武力でなく文章によって「華人」に痛烈な打撃を与えた人物がいた。
聖徳太子である。彼は当時随と名乗ったあの「中華様」に対し、タメ口ではじまる手紙を書いた。

「日出づる国の天子、書を、日没する国の天子に送る。つつがなきや(元気でいるか)」

痛快至極である。

(tommy編集長)
[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Yahoo! Japan 掲示板 アーカイヴ

[検索ページ] (中東) (東亜) (捕鯨 / 捕鯨詳細)