小泉首相の訪朝と課題について☆☆☆☆☆

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機は熟しているか?

投稿者: hangyosyufu 投稿日時: 2005/09/27 23:32 投稿番号: [217847 / 232612]
「退陣の美学」夢見る小泉首相

9・11総選挙圧勝後、小泉純一郎日本首相の人気が天を突くようだ。あちこちで賛辞が乱れ飛んでいる。

それとともに自然に話題となるのが「任期延長論」だ。来年9月までを任期と決めた自民党党則にこだわらないという話が多い。実際に小泉首相は次の衆院解散時までは首相職に就くことができる。

「経済改革のためにやってくれたらと思う」(奥田碩日本経団連会長)、「彼がこのように自民党を壊したから整理する責任もある」(森嘉朗前首相)など「援護射撃」も飛ぶ。

小泉は「任期を守る」という立場を曲げない。しかし一刻では「やむを得ず任期延長に応じるだろう」と見込んでいる。

本当にそうだろうか。

外部にはよく知られていないが、小泉首相は「退陣の美学」にこだわっている。

◇赤穂浪士になった小泉=最近、小泉首相は任期の話が出れば出す言葉がある。
「赤穂浪士は最後に死んだ。それで日本人たちの心の中に深く残っているのだ」

「赤穂浪士」。

日本の代表的歌舞伎「忠臣蔵」の主人公たちだ。

1701年3月、徳川幕府時代。赤穂の藩主、浅野内匠頭は江戸の重臣、吉良上野介の策略にかかり、江戸城で斬りかかる事件を起こしてしまう。江戸城で刀を抜くことはタブーだった。

結局浅野は命を受けて自決する。また彼に付いていた赤穂の武士は浪人に転落する。復讐心に燃えた赤穂浪士47人は、臥薪嘗胆したあげく1702年12月14日、吉良の家を急襲、亡君の恨みを晴らすのに成功する。

そして全員で切腹した。

それから正確に302年が過ぎた昨年12月14日。小泉首相は東京の泉岳寺に立っていた。まさに赤穂浪士47人と彼らの主君である浅野内匠頭の墓のある所だ。小泉首相は線香を立てて浪士47人の名前を1つ1つゆっくり読み上げた。そしてこう言った。

「逆境に打ち勝って所望を成した後、壮絶に散るということはたやすいことではない。昔にはまことに立派な人がいたものだ」

小泉首相が見た場合、赤穂浪士の復讐は、すなわち郵政民営化法案の通過だ。そして彼らの自決は自分の任期の遵守なのだ。

小泉首相は昨年の夏「忠臣蔵」を観覧した後、感動の涙を流した。それほど「赤穂浪士」びいきなのだ。

このような点を考慮すれば小泉首相の任期延長の可能性は稀薄とみえる。

◇有言実行の小泉首相=小泉首相は日本マスコミの政治部記者たちに「オフレコ」のない政治家で通っている。

良く言えば、自分の発言は自分が自ら責任を負うという信念を貫徹してきたということだ。小泉首相は2003年11月のある席で「65歳になったら退いて気楽に過ごすでしょう」と打ち明けている。

彼の年は今年63歳。

2007年1月になると小泉首相は65歳になる。それなら首相の任期(来年9月)と小泉首相が言う引退時期はおおよそ合うわけだ。

偶然の一致なのか、小泉首相の父親、純也氏は65歳で世を去っている。

東京=金玄基(キム・ヒョンギ)特派員
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=68001&servcode=200§code=200

赤穂浪士

>小泉首相は「退陣の美学」にこだわっている。

>赤穂浪士になった小泉=最近、小泉首相は任期の話が出れば出す言葉がある。
「赤穂浪士は最後に死んだ。それで日本人たちの心の中に深く残っているのだ

やはり、民族が違えば、日本人の心は分かっていない。

退陣の美学だけでは無い。

赤穂浪士=大石内蔵助

世間に呆けと言われようと、「不言実行で耐えに耐え、時期が満了すれば、思いのたけを噴出し、最後は静かに死に行く」

これが日本男児の美学です。

なんとか早く、拉致被害者を取り戻して欲しい。
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