【記者の眼】拉致は忘れ去られるのか
投稿者: tommy39deo3 投稿日時: 2005/09/24 02:16 投稿番号: [217301 / 232612]
はたして、矛盾、不可思議といった類の疑殆は、どうやらそれを幾度も見聞きしているうち、正常であったはずの神経までをも麻痺させてしまうものらしい。
小泉首相が、「拉致問題は対話と圧力で」と繰り返しつつ、それでも「経済制裁はしない」と明言してから、一体どれほどの時が過ぎたことだろう。
国民の生存権を保護すべき国家が、数十年もの後に至ってようやくに解明された現実を、未だに直視できないのだ。
が、それは政府だけの責任とは決して言えない。当初は悲劇的なドラマに感動した聴衆も、それを何度も見せられるうち、その劇的であったはずの感動を次第に薄れさせ、ついには飽き、やがてはペーソスの利いたコメデイー的な「劇場型ドラマ」へと興味を移動させていく。
人間というものは感情の保持が良くも悪くも苦手な動物である。悲劇は忘却し、なにより喜劇を求めて生きようとする。しかし、人間、泣いてばかりでは生きていられない。と同時に、笑ってばかりでも生きてはいけない。
決して忘れてはならない現実がある限り、常に誰かが声をあげ続けなければならないのである。
(tommy編集長)
これは メッセージ 217294 (ringo_rn2 さん)への返信です.
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