北朝鮮へ行ったのは最大の政治ショーになる
投稿者: shinzerosen 投稿日時: 2005/09/19 15:58 投稿番号: [216328 / 232612]
彼は北朝鮮に関心などまったくなかったようである。コメ支援を率先して唱えている加藤紘一を見て、「加藤さんもよくやるよ」と冷ややかに見ていたのが小泉氏だったと聞く。
その彼が北朝鮮へ行ったのは最大の政治ショーになるからと勧めてくれる姉の信子の指示があったからだそうだが、二度目の訪朝では拉致被害者家族の顔も声も訴えの内容もよく知られていて、いかな小泉氏といえども、家族の期待がどこにあるかは分っていたはずである。私が今回非常に強く感じたのは小泉氏の冷酷さ、他人の運命への無関心である。
横田滋・早紀江さん一家が孫のヘギョンちゃんの日本招待の計画があると聴いて、これを辞退する書簡を首相に届けた。孫に会いたい気持は勿論ある。しかし今それを認めたら、娘に会えなくなる。老夫婦の自分を殺すこの切ないまでの訴えは首相の許に届いていたはずである。
首相は金正日に向かって「横田めぐみさんは生きている。95年にあなたの子供の家庭教師をしていることがわかっている」とただちに切り出す言葉の用意をしておくべきだった。横田早紀江さんは次のように言っている。
「拉致被害者に関する多くの具体的なデータがあるんですから、総理には絶対にそれを出していただきたかった。『私たちは命懸けで戦っているんです。ぜひ総理の口から具体的に〈これは、こうおかしいじゃないか〉と怒ってきてください』とも細田さんたちにお伝えしました。『この外交で毅然とした態度で接していただくようでないと、小泉総理の人間性が問われると思いますよ』と、そこまで思い切ったことをいったんです。にもかかわらずそのようにしていただけなくて、とても悲しい気分になります」(『Voice』平成16年7月号)
私はここから二つの理由を考えている。その後朝鮮総聯――破防法対象団体ともいうべき――への首相の友好的接近をみて、なんらかの形で彼は個人的に弱点を握られていて、総聯を通じて金正日から脅迫されているのではないかという推理が成り立つ。
もう一つは、彼は自分の内面に余りにとらわれているので、相手のことを想像できない人格であること、共感性に欠けているというあの問題である。他者への同情、憐憫、共感が性格的に初めから乏しい。
小泉氏に感じるのは悪党の冷酷さではなく、情感を持たない機械みたいな人間の無反応、分り易くいえば“坊ちゃんの冷血さ”である。
http://nishio.main.jp/blog/archives/2005/08/post_203.html
※ 小泉氏の性格は、父親との関係から生まれたのではないかと思う。独裁的という事で共通する西部グループの堤義明氏と比べてみる。
堤氏は父親のコピーになろうと努力し父もそれを求めた。他の兄弟が父親への反発から成長していったのと反対だった。義明氏と父親との関係は庶民の我々とは全く違っていたのでしょう。結果父親から学ぶ社会性、協調性が身につかないまま成長してしまった。会社経営がワンマンになるのは当たり前のこと。
小泉氏も父親のコピーたるべく期待されていたのではないかと思う。その結果堤氏と同じく社会性、協調性、他社への共感といった資質が発達しないまま成長した。小泉氏は子を育て会うことさえ拒否することで父親たる事を拒否し、『 子 』に留まろうとした。姉が身近にいる事でそれが助長された。姉は母親の代わりです。西尾氏の”坊ちゃんの冷血さ”という表現が端的に示すとおりでしょう。
文字通り独裁者である半島の将軍様とは、案外と共感したのではないかと思う。第一回目の訪朝直後に語った言葉がよく示しています。二人の資質は独裁者的という点で共通する。相通ずるところがあったのです。
小泉氏には、日本でなかなか困難な既得権益の破壊を成し遂げた指導者として評価する向きもあります。一面真実ですが、郵政民営化法案に特化した政治手法、国益を全体的に見回して実行する支点の欠如など、指導者として評価できない事も多い。来年9月は余りに長すぎます。
その彼が北朝鮮へ行ったのは最大の政治ショーになるからと勧めてくれる姉の信子の指示があったからだそうだが、二度目の訪朝では拉致被害者家族の顔も声も訴えの内容もよく知られていて、いかな小泉氏といえども、家族の期待がどこにあるかは分っていたはずである。私が今回非常に強く感じたのは小泉氏の冷酷さ、他人の運命への無関心である。
横田滋・早紀江さん一家が孫のヘギョンちゃんの日本招待の計画があると聴いて、これを辞退する書簡を首相に届けた。孫に会いたい気持は勿論ある。しかし今それを認めたら、娘に会えなくなる。老夫婦の自分を殺すこの切ないまでの訴えは首相の許に届いていたはずである。
首相は金正日に向かって「横田めぐみさんは生きている。95年にあなたの子供の家庭教師をしていることがわかっている」とただちに切り出す言葉の用意をしておくべきだった。横田早紀江さんは次のように言っている。
「拉致被害者に関する多くの具体的なデータがあるんですから、総理には絶対にそれを出していただきたかった。『私たちは命懸けで戦っているんです。ぜひ総理の口から具体的に〈これは、こうおかしいじゃないか〉と怒ってきてください』とも細田さんたちにお伝えしました。『この外交で毅然とした態度で接していただくようでないと、小泉総理の人間性が問われると思いますよ』と、そこまで思い切ったことをいったんです。にもかかわらずそのようにしていただけなくて、とても悲しい気分になります」(『Voice』平成16年7月号)
私はここから二つの理由を考えている。その後朝鮮総聯――破防法対象団体ともいうべき――への首相の友好的接近をみて、なんらかの形で彼は個人的に弱点を握られていて、総聯を通じて金正日から脅迫されているのではないかという推理が成り立つ。
もう一つは、彼は自分の内面に余りにとらわれているので、相手のことを想像できない人格であること、共感性に欠けているというあの問題である。他者への同情、憐憫、共感が性格的に初めから乏しい。
小泉氏に感じるのは悪党の冷酷さではなく、情感を持たない機械みたいな人間の無反応、分り易くいえば“坊ちゃんの冷血さ”である。
http://nishio.main.jp/blog/archives/2005/08/post_203.html
※ 小泉氏の性格は、父親との関係から生まれたのではないかと思う。独裁的という事で共通する西部グループの堤義明氏と比べてみる。
堤氏は父親のコピーになろうと努力し父もそれを求めた。他の兄弟が父親への反発から成長していったのと反対だった。義明氏と父親との関係は庶民の我々とは全く違っていたのでしょう。結果父親から学ぶ社会性、協調性が身につかないまま成長してしまった。会社経営がワンマンになるのは当たり前のこと。
小泉氏も父親のコピーたるべく期待されていたのではないかと思う。その結果堤氏と同じく社会性、協調性、他社への共感といった資質が発達しないまま成長した。小泉氏は子を育て会うことさえ拒否することで父親たる事を拒否し、『 子 』に留まろうとした。姉が身近にいる事でそれが助長された。姉は母親の代わりです。西尾氏の”坊ちゃんの冷血さ”という表現が端的に示すとおりでしょう。
文字通り独裁者である半島の将軍様とは、案外と共感したのではないかと思う。第一回目の訪朝直後に語った言葉がよく示しています。二人の資質は独裁者的という点で共通する。相通ずるところがあったのです。
小泉氏には、日本でなかなか困難な既得権益の破壊を成し遂げた指導者として評価する向きもあります。一面真実ですが、郵政民営化法案に特化した政治手法、国益を全体的に見回して実行する支点の欠如など、指導者として評価できない事も多い。来年9月は余りに長すぎます。
これは メッセージ 1 (mitokoumon_2002 さん)への返信です.