「日本」は中国を中心とした国号!?
投稿者: hangyosyufu 投稿日時: 2005/09/17 23:11 投稿番号: [216099 / 232612]
東京国立博物館「遣唐使展」のパネル説明
「日本という国号は、中国を世界の中心として、その東辺に位置することを自認した国号だった」――こんな驚くべき説明が、東京・上野の東京国立博物館で開催中の特別展「遣唐使と唐の美術」のパネル説明で行われている。
当時の日本が唐の従属国であったかのような印象を与えかねないこのような説は、通説とは認められていない。このような説が広く一般の見学者を対象とした展覧会のパネル説明に掲げられたことに対し、「歴史の歪曲(わいきょく)につながりかねない」との声が上がっている。(藤橋 進)
あたかも通説のように展示
博物館側、不備を認める
特別展「遣唐使と唐の美術」が開かれている東京国立博物館の平成館=東京都台東区、同展覧会は、東京国立博物館、日中友好協会、朝日新聞社、中華文物交流協会の主催で七月二十日から開催されている。
昨年、中国の西安市で発見された遣唐使の留学生の一人とみられる井真成(せいしんせい=中国名=日本名は不明)の墓誌のほか、陝西歴史博物館所蔵の唐時代の美術品など約八十点を展示している。
問題のパネル説明は、展示順路の初めのところで、「遣唐使」の基本的な説明をしたところ。遣唐使を三期に分け、それぞれの特徴を解説する中で、「日本という国号も、中国を世界の中心として、その東辺に位置することを自認した国号として、中国から承認されたものだった」とある。
「日本」の国号については、成立時期や背景、意味合いについて歴史的に議論があり、いまだに定説はない。天皇を太陽神である天照大御神の子孫とする、「日の御子」の思想とのかかわりなどさまざまな説がある。
近年の傾向としては、中国や韓半島諸国との対外関係を重視して説を展開する方向が強まっているものの、古代東アジアにおいては中国の皇帝が周辺国の国王を蕃王つまり臣下として封じる「冊封体制」が取られていた中、七世紀以降、日本は中国皇帝の冊封を受けず、むしろ国家意識を高めていったことは広く認められている。
いずれにしても同展のような広く一般の見学者を対象とした展覧会のパネル説明の中で、特別の断りもなく、このような説を示されれば、定説として受け止められる可能性は極めて高い。
これに対し東京国立博物館の松本伸之事業企画課長は、「十分な補足説明が足らなかったかなと思う」と不備を認めた上、「今回はゲストキュレーター(客員学芸員)として奈良大学の東野治之教授に監修をお願いした。そのため、結果として東野説に拠(よ)ったかたちとなった」と説明する。
一方、パネルを監修した東野治之奈良大学教授は、国号に関する記述について「これは私だけが言っていることで、他の方々の言っていることではない。詳しくは『遣唐使と正倉院』(岩波書店)の論文に書いてある」とパネルで自説を展開したことを認め、「国家主義的な立場から『日本』について考えるのには反対だ。冷静に考えて達した結論だ」と説明。
また一般の人々には定説のような誤った印象を与えるのではないかとの本紙の質問に「私が責任を持つとして、私の名前がゲストキュレーターとして出ている。また図録等にも私の書いたものが載っており、文献も引いている。専門的にいろいろ考えたいという人ならそれをご覧になると思う」と反論する。
しかし、同パネルには特に監修者の名はなく、東野説に基づくものであると理解できるようにはなっていない。また一般の見学者で図録を求める人の数は少ない。パネル説明がそのまま定説ないし通説として受け取られる可能性は極めて高い。
同展は今月十一日まで開かれ、九月二十日からは会場を奈良市の奈良国立博物館に移し開かれる。会場移転を期にパネル説明を修正する考えはあるかとの本紙の質問に、松本事業企画課長は「意見を参考にして検討したい」としている。
「日本という国号は、中国を世界の中心として、その東辺に位置することを自認した国号だった」――こんな驚くべき説明が、東京・上野の東京国立博物館で開催中の特別展「遣唐使と唐の美術」のパネル説明で行われている。
当時の日本が唐の従属国であったかのような印象を与えかねないこのような説は、通説とは認められていない。このような説が広く一般の見学者を対象とした展覧会のパネル説明に掲げられたことに対し、「歴史の歪曲(わいきょく)につながりかねない」との声が上がっている。(藤橋 進)
あたかも通説のように展示
博物館側、不備を認める
特別展「遣唐使と唐の美術」が開かれている東京国立博物館の平成館=東京都台東区、同展覧会は、東京国立博物館、日中友好協会、朝日新聞社、中華文物交流協会の主催で七月二十日から開催されている。
昨年、中国の西安市で発見された遣唐使の留学生の一人とみられる井真成(せいしんせい=中国名=日本名は不明)の墓誌のほか、陝西歴史博物館所蔵の唐時代の美術品など約八十点を展示している。
問題のパネル説明は、展示順路の初めのところで、「遣唐使」の基本的な説明をしたところ。遣唐使を三期に分け、それぞれの特徴を解説する中で、「日本という国号も、中国を世界の中心として、その東辺に位置することを自認した国号として、中国から承認されたものだった」とある。
「日本」の国号については、成立時期や背景、意味合いについて歴史的に議論があり、いまだに定説はない。天皇を太陽神である天照大御神の子孫とする、「日の御子」の思想とのかかわりなどさまざまな説がある。
近年の傾向としては、中国や韓半島諸国との対外関係を重視して説を展開する方向が強まっているものの、古代東アジアにおいては中国の皇帝が周辺国の国王を蕃王つまり臣下として封じる「冊封体制」が取られていた中、七世紀以降、日本は中国皇帝の冊封を受けず、むしろ国家意識を高めていったことは広く認められている。
いずれにしても同展のような広く一般の見学者を対象とした展覧会のパネル説明の中で、特別の断りもなく、このような説を示されれば、定説として受け止められる可能性は極めて高い。
これに対し東京国立博物館の松本伸之事業企画課長は、「十分な補足説明が足らなかったかなと思う」と不備を認めた上、「今回はゲストキュレーター(客員学芸員)として奈良大学の東野治之教授に監修をお願いした。そのため、結果として東野説に拠(よ)ったかたちとなった」と説明する。
一方、パネルを監修した東野治之奈良大学教授は、国号に関する記述について「これは私だけが言っていることで、他の方々の言っていることではない。詳しくは『遣唐使と正倉院』(岩波書店)の論文に書いてある」とパネルで自説を展開したことを認め、「国家主義的な立場から『日本』について考えるのには反対だ。冷静に考えて達した結論だ」と説明。
また一般の人々には定説のような誤った印象を与えるのではないかとの本紙の質問に「私が責任を持つとして、私の名前がゲストキュレーターとして出ている。また図録等にも私の書いたものが載っており、文献も引いている。専門的にいろいろ考えたいという人ならそれをご覧になると思う」と反論する。
しかし、同パネルには特に監修者の名はなく、東野説に基づくものであると理解できるようにはなっていない。また一般の見学者で図録を求める人の数は少ない。パネル説明がそのまま定説ないし通説として受け取られる可能性は極めて高い。
同展は今月十一日まで開かれ、九月二十日からは会場を奈良市の奈良国立博物館に移し開かれる。会場移転を期にパネル説明を修正する考えはあるかとの本紙の質問に、松本事業企画課長は「意見を参考にして検討したい」としている。
これは メッセージ 1 (mitokoumon_2002 さん)への返信です.