バ菅はやはり許せない!!
投稿者: ringo_rn2 投稿日時: 2005/09/17 20:38 投稿番号: [216071 / 232612]
電脳補完録様より
http://nyt.trycomp.com:8080/modules/news/article.php?storyid=4313
あの時、政府動けば 5年前の送還悔し
あの工作員 めぐみの教師役だった
5年前の「あの時」、なぜ政府は動いてくれなかったのかー。北朝鮮が拉致を認めてから17日で丸3年を迎えようとしている中、横田めぐみさんの両親は悔しさを抑えきれずにいる。曽我ひとみさん(46)の証言で、2000年9月、韓国から北朝鮮に引き渡された工作員が、娘の教師役だったと分かったからだ。少しずつ見えてくる「娘の北での生活」。それに反し、再開された6か国協議でも拉致は解決の糸口すら見えない。
「本当の願いは暮らしぶりを知ることではない。1秒でも早く救出したい」。2人の思いは切実だ。
横田滋さん(72)、早紀江さん(69)夫妻が、曽我ひとみさんの口から、その工作員の名前を聞いたのは昨年11月。脱走罪などで服役中の夫、ジェンキンスさん(65)を、米軍キャンプ座間(神奈川県座間市)で待っていた曽我さん一家を励ましに訪ねた時だった。
「めぐみさんと2人で辛先生に物理や数学を習った。めぐみさんは何でものみ込みが早く、年下なのに、お姉さんみたいだった」
「帰国した時、日本政府の人に写真を見せられ、初めて先生が、北朝鮮の工作員だと知った」
曽我さんが「辛先生」と呼んだのは、1970年代から頻繁に日本や韓国を出入りしていた北朝鮮の大物工作員、辛光沫(シン・ガンス)容疑者(76)。80年6月の原赦免さん拉致事件では、実行役を果たした疑いも持たれている。
娘がそんな人物から教えを受けていたという思いもしない証言。滋さんと早紀江さんは衝撃を受け、拉致の事実が世に受け入れられていなかった5年前を思い起こした。
辛容疑者は85年、不正に入国した韓国で逮捕されて死刑判決を受けたが、99年12月に恩赦で釈放され、北朝鮮に引き渡されることが決まった。
このため夫妻は2000年8月、都内の韓国大使館に足を運び、「日本人拉致事件の真相を知る辛容疑者を送還しないでほしい」と韓国政府に要請した。
夫妻はさらに日本政府に対しても、韓国政府に送還中止を働きかけるよう求めたが、辛容疑者は翌9月に北朝鮮に引き渡された。
警視庁が、原さん拉致事件で辛容疑者を国際手配したのは、北朝鮮が拉致を認めた後の02年9月。韓国の裁判記録などによると、曽我さんとめぐみさんが平壌市内の招待所で共同生をしていた78年から80年にかけ、確かに辛容疑者も同市内に滞在していた。
「もしあの時、政府が、辛容疑者の身柄の引き渡しを韓国に求めていれば、日本の女の子に教えたという供述が出たかもしれない。そうすれば、もっと早く事態が動いたのではないか」
滋さんが唇をかみしると、早紀江さんが続けた。
「もうこれ以上、後になって後悔するようなことを積み重ねたくない。6か国協議が再開された今、日本政府は毅然として北朝鮮に立ち向かい、被害者の救出を実現してほしい」(9月16日 読売新聞)
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http://nyt.trycomp.com:8080/modules/news/article.php?storyid=4313
あの時、政府動けば 5年前の送還悔し
あの工作員 めぐみの教師役だった
5年前の「あの時」、なぜ政府は動いてくれなかったのかー。北朝鮮が拉致を認めてから17日で丸3年を迎えようとしている中、横田めぐみさんの両親は悔しさを抑えきれずにいる。曽我ひとみさん(46)の証言で、2000年9月、韓国から北朝鮮に引き渡された工作員が、娘の教師役だったと分かったからだ。少しずつ見えてくる「娘の北での生活」。それに反し、再開された6か国協議でも拉致は解決の糸口すら見えない。
「本当の願いは暮らしぶりを知ることではない。1秒でも早く救出したい」。2人の思いは切実だ。
横田滋さん(72)、早紀江さん(69)夫妻が、曽我ひとみさんの口から、その工作員の名前を聞いたのは昨年11月。脱走罪などで服役中の夫、ジェンキンスさん(65)を、米軍キャンプ座間(神奈川県座間市)で待っていた曽我さん一家を励ましに訪ねた時だった。
「めぐみさんと2人で辛先生に物理や数学を習った。めぐみさんは何でものみ込みが早く、年下なのに、お姉さんみたいだった」
「帰国した時、日本政府の人に写真を見せられ、初めて先生が、北朝鮮の工作員だと知った」
曽我さんが「辛先生」と呼んだのは、1970年代から頻繁に日本や韓国を出入りしていた北朝鮮の大物工作員、辛光沫(シン・ガンス)容疑者(76)。80年6月の原赦免さん拉致事件では、実行役を果たした疑いも持たれている。
娘がそんな人物から教えを受けていたという思いもしない証言。滋さんと早紀江さんは衝撃を受け、拉致の事実が世に受け入れられていなかった5年前を思い起こした。
辛容疑者は85年、不正に入国した韓国で逮捕されて死刑判決を受けたが、99年12月に恩赦で釈放され、北朝鮮に引き渡されることが決まった。
このため夫妻は2000年8月、都内の韓国大使館に足を運び、「日本人拉致事件の真相を知る辛容疑者を送還しないでほしい」と韓国政府に要請した。
夫妻はさらに日本政府に対しても、韓国政府に送還中止を働きかけるよう求めたが、辛容疑者は翌9月に北朝鮮に引き渡された。
警視庁が、原さん拉致事件で辛容疑者を国際手配したのは、北朝鮮が拉致を認めた後の02年9月。韓国の裁判記録などによると、曽我さんとめぐみさんが平壌市内の招待所で共同生をしていた78年から80年にかけ、確かに辛容疑者も同市内に滞在していた。
「もしあの時、政府が、辛容疑者の身柄の引き渡しを韓国に求めていれば、日本の女の子に教えたという供述が出たかもしれない。そうすれば、もっと早く事態が動いたのではないか」
滋さんが唇をかみしると、早紀江さんが続けた。
「もうこれ以上、後になって後悔するようなことを積み重ねたくない。6か国協議が再開された今、日本政府は毅然として北朝鮮に立ち向かい、被害者の救出を実現してほしい」(9月16日 読売新聞)
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これは メッセージ 216068 (ringo_rn2 さん)への返信です.