小泉首相の訪朝と課題について☆☆☆☆☆

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鎮魂と崇敬

投稿者: shinzerosen 投稿日時: 2005/09/11 00:32 投稿番号: [214996 / 232612]
私が投稿した石原氏のエッセイを別のトピに投稿したんですが、返してくれたレスの中に、鎮魂と崇敬という言葉を使っていた人がいました。なかなか適切な言葉だと思ったんですが、これは、神社に向って祈るときの心のあり方の、正反対の働き方を示しているように思います。

鎮魂とは、魂を鎮める事です。生半ばで国の為に命を無くされた方を静めるための祈り。いわば内向きの心の働き方です。崇敬は、命をなくされた方に感謝をささげるとともに、国家の再建や有事の際にはあなた方と同じく立派に国を守りますと誓う心の働き方。いわば外向きのあり方です。

A級戦犯と言われる戦争指導者や政治家に対してこの二つを比較してみると、遺族や戦没者には怨恨を抱いている人もあるはずです。無念の死を遂げた方々も数多い。そうした人たちの怨みを鎮めるための鎮魂の祈りと、これらの政治家や軍人も国の為に戦い罪を背負って亡くなられた方々であるから、後世の我々は感謝しなければならないとする崇敬の祈りとあるように思います。

鎮魂の祈りは、戦争で亡くなられた方々や遺族が経験された苦痛を二度と繰り返してはならないという決意につながります。ここから徹底した平和主義、アジア諸国との協調関係を重視する立場が生まれてきます。小泉総理の徹底した平和主義的な言動や行動がこのような鎮魂の祈りから生まれているのはここから理解できるように思います。

崇敬の祈りは、戦後の日本の復興の支えになりました。高度成長は、敗戦後生き残った人々が、日本を生まれ変わらせようとする決意から実現できたものではないでしょうか。中韓が批難するのは日本人が靖国神社に崇敬の祈りだけをささげているのではないかと恐れているからでしょう。

小泉総理の場合、氏のお父さんと知覧飛行場とのかかわりと特別攻撃隊の人々への共感から、石原氏の場合は氏の奥さんへの共感から二人の共通する思いが生じたように思います。

現在は崇敬会と称する氏子会があるように、靖国神社に祀られる人々を敬おうとする方が多い。こうした人は当然合祀肯定論です。分祀論を難じ中韓の干渉に反発します。

鎮魂も崇敬も人の心の一部であって、バランスが取れていなければならない。小泉総理はやや鎮魂に傾きすぎ、崇敬の気持ちが薄いために国のあり方そのものに対して感心がないかのように見える。拉致問題に対する取組みに批判があるのもこの傾向が強いからではないかと思われます。

総理も石原氏も男性的で強烈な意思の持ち主に見える。自己主張が強く自信にあふれている。対して岡田党首の優柔不断さと歯切れの悪さに、二人に見られる強烈な個性と言うものが感じられない。この違いは両者の靖国神社に対する姿勢の違いでもあるように思います。

石原氏も総理も靖国神社を深く思う事により、彼らなりの自信や個性を掴んでいるように思う。靖国神社に祀られる多くの日本人を思う事は、日本人の心の奥底にある民族の魂とでも言うものにつながることでもあるのでしょう。石原氏も総理も目に見えない深いものにつながっていると感じられるから、強い。対する岡田党首はどうでしょうか。靖国神社が現在の日本人にいかに大切な神社かわかると思います。
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