>小泉首相擁護派。。。 補足・参考
投稿者: yayoijin_matsuei 投稿日時: 2005/09/04 13:06 投稿番号: [214144 / 232612]
ついでですから、私の見方に影響を与えている事件について書きましょう。気は重いんですが。(その理由は後で)
それは、イランのテヘランでの米大使館員等の人質事件です。
1979年初めのイラン革命が起きた後、11月にイランの学生を中心とした群衆によって米国大使館は占拠され、大使館員は人質とされました。
人質となった女性等がその後解放され、最終的に50数名が拘束され続けました。
米国は経済制裁はやりました。それから、(これが気が重い原因ですが)超隠密の武力奪回作戦(鷹の爪作戦)を実行しました。
8台のヘリコプター
航空機、12機
MC-130 4機、EC-130 3機、AC-130 3機、C-141 2機(輸送機)
ヘリコプターの基地、航空母艦ニミッツ
海兵隊、支援要員 等など・・・・という作戦規模
しかし、悲惨な結果に終わる。
ヘリコプターは、敵のレーダ捕捉を避けるため200フィート以下を飛行しなければいけなかったこととか、ヘリコプーへの途中・給油のための地点での砂漠の砂嵐・・
砂漠の給油・中継地点でのヘリと航空機の接触事故から火災・爆発、・・
この事故で作戦・兵士8名が死亡、その他にも負傷者続出。
いずれにしろ、結果は無残・悲惨な結末でこの作戦は終わる。
この後、イラン側は人質を各地に分散収容することによって、この種の作戦を一層不可能にした。
最終的に人質が開放されたのは、444日後の1981年2月。
解放に至った大きな要因は、イ・イ戦争の勃発とされている。イラクの当時のフセイン大統領がイランに対して武力侵攻を開始。イランは人質にかまっていられなくなったこと。武器調達のため米国内で凍結されていたイラン資産の凍結解除が念頭にあったと見られている。
それから、イラン側の要求の一つであったシャー(パーレビ前国王)の引渡し問題が、シャーの死亡で消滅してしまった、・・ことなども影響した。
これから、逆に見ると、もしイ・イ戦争がサダムによって引き起こされていなければ、この人質事件の解決がいつ、どうなったか、全く予測できない。
そういう意味で、国家の主権がからみ、人質(拉致被害者)をとっている「国家」が異様な体制の国である場合−−要するに常識が通らない−−、解決には相当な困難と、紆余曲折が予想されるということです。
念のため追加・確認しておきますと、プレッシャーをかけなければ解決には進まないでしょう。今でも、それなりのプレッシャーはかけているでしょうが、未だ少ないという議論は当然あるでしょう。
こういう事例は、この掲示板では私は読んだ記憶がない(見落としかもしれないが)。
しかし、首相、その周辺、政府関係者は百も承知のことでしょう。そういうことも折り込んで対応を判断していかなければいけない。そういう意味では、指導者は孤独でもあるわけです(つながりが見えるかな・・)。
書くとキリがないんで、この程度に。
しかし、追加しておきますかな。この掲示板に「本来なら自衛隊が出動すべきだ」という意見も見当たります。例え憲法、法律がそれを可能にしていたとしても、現実的に出動してどうするんですかね? 拉致被害者の居場所は一箇所に集中されているという訳でもないのに。それが、余りに感情だけが先行していると感じるところです。
それは、イランのテヘランでの米大使館員等の人質事件です。
1979年初めのイラン革命が起きた後、11月にイランの学生を中心とした群衆によって米国大使館は占拠され、大使館員は人質とされました。
人質となった女性等がその後解放され、最終的に50数名が拘束され続けました。
米国は経済制裁はやりました。それから、(これが気が重い原因ですが)超隠密の武力奪回作戦(鷹の爪作戦)を実行しました。
8台のヘリコプター
航空機、12機
MC-130 4機、EC-130 3機、AC-130 3機、C-141 2機(輸送機)
ヘリコプターの基地、航空母艦ニミッツ
海兵隊、支援要員 等など・・・・という作戦規模
しかし、悲惨な結果に終わる。
ヘリコプターは、敵のレーダ捕捉を避けるため200フィート以下を飛行しなければいけなかったこととか、ヘリコプーへの途中・給油のための地点での砂漠の砂嵐・・
砂漠の給油・中継地点でのヘリと航空機の接触事故から火災・爆発、・・
この事故で作戦・兵士8名が死亡、その他にも負傷者続出。
いずれにしろ、結果は無残・悲惨な結末でこの作戦は終わる。
この後、イラン側は人質を各地に分散収容することによって、この種の作戦を一層不可能にした。
最終的に人質が開放されたのは、444日後の1981年2月。
解放に至った大きな要因は、イ・イ戦争の勃発とされている。イラクの当時のフセイン大統領がイランに対して武力侵攻を開始。イランは人質にかまっていられなくなったこと。武器調達のため米国内で凍結されていたイラン資産の凍結解除が念頭にあったと見られている。
それから、イラン側の要求の一つであったシャー(パーレビ前国王)の引渡し問題が、シャーの死亡で消滅してしまった、・・ことなども影響した。
これから、逆に見ると、もしイ・イ戦争がサダムによって引き起こされていなければ、この人質事件の解決がいつ、どうなったか、全く予測できない。
そういう意味で、国家の主権がからみ、人質(拉致被害者)をとっている「国家」が異様な体制の国である場合−−要するに常識が通らない−−、解決には相当な困難と、紆余曲折が予想されるということです。
念のため追加・確認しておきますと、プレッシャーをかけなければ解決には進まないでしょう。今でも、それなりのプレッシャーはかけているでしょうが、未だ少ないという議論は当然あるでしょう。
こういう事例は、この掲示板では私は読んだ記憶がない(見落としかもしれないが)。
しかし、首相、その周辺、政府関係者は百も承知のことでしょう。そういうことも折り込んで対応を判断していかなければいけない。そういう意味では、指導者は孤独でもあるわけです(つながりが見えるかな・・)。
書くとキリがないんで、この程度に。
しかし、追加しておきますかな。この掲示板に「本来なら自衛隊が出動すべきだ」という意見も見当たります。例え憲法、法律がそれを可能にしていたとしても、現実的に出動してどうするんですかね? 拉致被害者の居場所は一箇所に集中されているという訳でもないのに。それが、余りに感情だけが先行していると感じるところです。
これは メッセージ 213922 (fairplay03jp さん)への返信です.