制裁は最後の切り札か?⑤
投稿者: komash0427 投稿日時: 2005/08/23 19:13 投稿番号: [212625 / 232612]
話しは逸れて。
若宮
清氏の「真相―北朝鮮拉致被害者の子供たちはいかにして日本に帰還したか」を以前読んだ(1年前に1度きりなので内容は殆ど忘れた)。この本は2003年末に北京を舞台にした拉致議連幹部平沢氏らと北朝鮮外交官の接触と接触内容を当事者である若宮清氏が著したものである。
北京秘密会談後に報道されたように平沢勝栄氏らに対し北朝鮮側の出席者は日本の世論の動向や制裁法案について非常に気にかけており、何度も何度も日本側に確認をしていたことは、この本にも詳細に触れられている。
加藤紘一氏の事務所に勤めていたこともある元在日の吉田某といわれる人物を通じて、平沢事務所の顧問である若宮氏に接触があり、これが北京接触につながった。
そして平沢は山崎拓氏へ持ちかけたらしい。本書の作者である若宮清は、ここで切られた。山崎拓氏が若宮氏を嫌ったという話しもあるようだ。
いずれにしても北京接触が大連会談へとつながった。
重村氏の「北朝鮮の外交戦略と戦術」による、「相手の国の実力者を探し裏解決を図る」は
>経済制裁を唱える「強硬派」の国会議員にも接触を図った。標的は、超党派の「拉致議連」の幹部だった。
>北朝鮮は「閣僚級の政治家」との接触を希望した。小泉首相につながる「政治家ルート」を開拓する狙いは明白だった。
こうした狙いの下に首相へのアプローチを北朝鮮は行なった。
①元在日
吉田某⇒拉致議連幹部
平沢⇒首相の盟友
山崎⇒小泉首相
②ミスターX⇒外務省
田中審議官⇒「田中らの念頭にあった高官は、細田博之官房副長官だった。官房長官や外相はレベルが高すぎる」
実はもう一方のルートを北朝鮮は探っていた。
③総連⇒飯島秘書官⇒小泉首相
このように3つのルートを北朝鮮側は模索していた。そしてその中から一番おいしい結果を北朝鮮は得ることになった。
この話しはこの辺でお終い。
これは メッセージ 212624 (komash0427 さん)への返信です.
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