中国人少女を救った日本兵!
投稿者: hannichisyufu 投稿日時: 2005/08/10 15:39 投稿番号: [211081 / 232612]
戦火の中より少女を救い出した兵士、生存が明らかに
「会って感謝の言葉を伝えたい」
日中戦争さなかの一九四〇(昭和十五)年八月に戦火の中から栫(かこい)美穂子さん(69)=都城市梅北町在住=を
救出した八路軍(現在の人民解放軍)兵士が中国で生存していることが明らかになった。
これまでの中国側の正式発表では、救出した兵士は戦死したことになっていた。
栫さんは「助けていただいたから、今の自分がある。会って感謝の言葉を伝えたい」と思いがけない事実に感激している。
救出者として明らかになったのは天津市在住の元人民解放軍副師団長の楊仲山さん(82)=当時十七歳。
楊さんの所属する部隊は六十五年前、河北省石家荘近くの炭坑を守る日本軍陣地を深夜から未明にかけて攻撃した。
連絡兵として八路軍に入隊したばかりだった楊さんは突入したトーチカの中で、
絶命した母親の横に立っている四歳の栫さんを発見。
班長の命令で銃弾の飛び交う中、コウリャン畑に隠れながら栫さんを抱いて
トーチカから二キロ離れた中隊指揮所まで送り届けた。
栫さんはその後、軍医と中隊長の命令で最高司令官の聶栄臻将軍の元に後送され、
さらに聶将軍の指示によって農民の担ぐてんびん棒で日本軍陣地に送り届けられた。
栫さんの妹は炭坑駅舎の近くで別な八路軍兵士に助けられたが、病気のため日本の土を踏むことなく亡くなった。
今年四月末に楊さんから「私は戦争の時にあなたの生命を助けた中国八路軍兵士楊仲山です。
栫美穂子の写真を欲しいです」と日本語で書かれた手紙が届いた。
栫さんが写真を送ると「非常にうれしい。日中両国人民が世世代代友好になることを祈ります」と返事があった。
日中友好協会都城支部長の来住新平さん(74)が七月に訪中。楊さんに面会して事実を確認した。
人道的救出劇は人民日報など各紙に相次いで掲載されている。
栫さんは楊さんに感謝の言葉を伝えるために「第二回栫さん救出村を訪ねる友好訪問団」
(団長・土持正弘都城市助役)の一員として二十日から中国を訪問。楊さんと六十五年ぶりに再会する。
http://www.the-miyanichi.co.jp/news/index.php3?PT=1#2005081014
これは メッセージ 211080 (hannichisyufu さん)への返信です.
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