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ペルシャ湾の自衛隊 誇りに思う

投稿者: pichanneko 投稿日時: 2005/08/10 01:05 投稿番号: [211050 / 232612]
<1991年4月26日。掃海母艦「はやせ」以下6艘の派遣部隊が、湾岸戦争後のペルシャ湾に向けて出港した>


政府が派遣を正式決定したのは、そのわずか2日前でした。
亡くなった池田行彦・防衛庁長官からの命令は極めて明快でシンプルだった。「我が国船舶の航行の安全を確保するため、ペルシャ湾でその危険を排除しろ」という内容でした。
しかし、はっきりしていたのはそれだけ。いつまで活動を続けるのか、何も決まっていませんでした。

掃海作業は6月中旬から本格化しましたが、私には期限を切らないで部隊を送り出した責任がある。それ以上に、出口の見えない活動を続ける隊員たちは辛かったと思います。

ところが7月中旬、現地を視察して見たのは、どこから流れてくるか分からない浮遊機雷に備え、気温40度を超す炎天下の中、最も危険な船首に立って、見張りをする隊員達の姿でした。
船が機雷に触れれば真っ先に吹き飛ばされる場所です。
それも40代や50代というベテランの海曹たちがやっている。

艦長に聞いてみると、「若い隊員たちは、まだ人生を楽しんでいない。おれは十分長生きしたからいい」などと言って志願したそうです。
そんな先輩達の背中を見ていれば、たとえ出口は見えなくても、若い隊員達も一生懸命やってくれる。そう確信しました。

私がペルシャ湾を離れる朝、補給艦「ときわ」の艦橋に立つ私に、これから機雷除去に向かう掃海艇が一艘ずつラッパを吹いて敬礼していくんです。時刻は午前5時。朝もやで船はすぐ見えなくなる。それでも隊員たちはきちんと整列している。
彼らと一緒の仲間でいることを、本当に誇りに思いました。


<2004年12月、政府は新防衛計画の大綱を決定。国際協力活動を初めて「主体的・積極的に行う」と位置づけた>


部隊を送り出す前は、色々な状況を考えました。戦争は終わっているけど、機雷を処分する作業は危険が伴うからです。
隊員に死傷者が出たら、自衛隊は大きなダメージを受ける。国内では、ごうごうたる非難が起こるかもしれない。

しかし自衛隊は何のためにあるのか。自衛隊のためではなく、国のためです。
仮にダメージを受けたとしても、いつの日か必ず復活できる。
それは国のためにやったんだからと、そう自ら納得しました。


佐久間   一   ・   元海将
読売新聞    時代の証言者より
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