小泉首相の訪朝と課題について☆☆☆☆☆

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>神田古本屋(トピズレ)

投稿者: komash0427 投稿日時: 2005/07/26 22:06 投稿番号: [209665 / 232612]
>せっかくですから、神田古本屋のちょっとした店を。

文庫、親書本、新書

どれもポイントをついたお店ですね。sofianskyさんの隠れ家?でしょうか。

この界隈、昔とそれほどかわりませんね(僕の観察力がないだけか?)。

三省堂近くの画材屋さんのショウウィンドウに飾られた、おばあさんの肖像画、昔のままじゃないでしょうか。

ただ通り沿いの飲食店、ラーメン屋さんが増えましたね。

どのお店も気になるんですが、ついつい「いもや」のトンカツを食べてしまいます(そして大盛にして後悔する)。

>新しい本というのは漂うフローにすぎないのだろう。
>古今の蔵書の積み重ねである古本街こそ文化そのものである。
>(デジタル時代についていけない男のボヤキ)

若き歴史学者が書いた
「武士の家計簿 ―「加賀藩御算用者」の幕末維新 」

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4106100053/250-1222376-0208260
内容(「BOOK」データベースより)
「金沢藩士猪山家文書」という武家文書に、精巧な「家計簿」が例を見ない完全な姿で遺されていた。国史研究史上、初めての発見と言ってよい。タイム・カプセルの蓋を開けてみれば、金融破綻、地価下落、リストラ、教育問題…など、猪山家は現代の我々が直面する問題を全て経験ずみだった!活き活きと復元された武士の暮らしを通じて、江戸時代に対する通念が覆され、全く違った「日本の近代」が見えてくる。

著者からのコメント   2003/04/02
東京・神田の古書店で、加賀藩士がつけた「家計簿」が発見された。饅頭ひとつ買っても記録した詳細なものである。天保13年(1842)から明治12年(1879)年まで37年分が残されており、金沢城下の武士の暮らしぶりが手にとるようにわかる。
家計簿をつけたのは加賀藩御算用者(おさんようもの)・猪山直之。藩の経理係であり、将軍家から前田家輿入れした姫様のそろばん役を務めていた。仕事が経理であったため、自分の家でも緻密に家計簿をつけていたらしい。彼は、年収の2倍をこえる借金を抱え、年18%の高利に苦しんでいた。妻の実家に援助してもらい、お小遣いも現在の貨幣価値で5840円におさえられていた。しかし、天保13年に一念発起して家中の家財道具を売り払い、債権者と交渉して借金の整理に成功。「二度と借金地獄に落ちるまい」と、それ以後、家計簿をつけはじめた。
その後、猪山家は家運が急上昇。江戸時代の武士社会では、猪山家のようなソロバン役人は低く見られていたが、維新の動乱期になると、会計技術者は兵站係として重宝された。直之の子、猪山成之は明治政府の軍事指揮官・大村益次郎にヘッド・ハンティングされて兵部省入りし、のちに海軍主計となって東京に単身赴任する。その年収は現代の3600万円にもなった。一方、金沢に残された成之の従兄弟たちは政府に出仕できず、年収は150万円。明治士族の厳しい現実である。
本書では、なるべく、猪山家の人々の「声」を掲載することにした。幕末明治から大正にかけて、激動期を生きた家族の肖像写真をそのまま見て頂きたいと思ったからである。
あなたは猪山家の物語に何を想われるであろうか。
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「家計簿」なんてつけている人にとっては大した価値がないのに、国史研究史上、初めての「発見」となる第一級の資料として神保町では取引されています。

日本の歴史を解く鍵は、この街にあり!?
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