在日韓国・朝鮮人集落 歴史に幕
投稿者: borninjapan04 投稿日時: 2005/07/22 10:33 投稿番号: [209247 / 232612]
在日韓国・朝鮮人集落
歴史に幕
川崎市幸区の多摩川の河川敷に、戦後60年近く残り続けた在日韓国・朝鮮人たちの
集落が近く姿を消す。もとは朝鮮半島から強制連行された人らが戦後住むところに困り、
住み着いたとされる。半分ほど公有地のため、市や国が長年立ち退きを求め、ようやく
補償交渉が合意に達した。跡地は3棟の高層マンションに生まれ変わる。
JR川崎駅から1・5キロほど離れた多摩川の堤防の外側に沿うように集落はある。
バラックなどが隣り合わせに並び、高齢者を中心に約130世帯が住む。人数は200人
前後とみられるが、住民登録していない人も多く、市も住民自身も正確な数はまったく
把握できていない。
(中略)
国有地や市有地を「不法占拠」'''した場所も多く、洪水による危険もあるとして、市や国が
約40年間住民に求めてきた立ち退きに、住民側がこの5月に応じることが決まった。
公有地の住民への直接補償ができないことが支障になってきたが、集落内に点在する
民有地を公有地と交換後、開発業者に転売することで「補償費」を工面することにした。
1世帯当たり平均で2700万円程度の「補償」が見込まれるという。
9月から立ち退きが始まり、住民たちは市内各地の市営住宅などに移り住むという。
跡地は06年5月までにかさ上げ整備されたうえで、土地開発業者が20階前後の
マンション3棟を建てる計画だ。
「みんな自分の暮らしが大変で、集落の歴史などに関心も少なかった。ただ、
在日韓国・朝鮮人や日本人が暮らした町があったという記録だけは残したい」。
高橋さんは資料集めを始めている。
http://mytown.asahi.com/kanagawa/news01.asp?kiji=7048
引用ここまで。
本来なら不法占拠していた方が賠償金払った上で立ち退くのが筋です。
そういう「金を払ってでも当面解決したふりが出来れば良い」という
日本側の発想がごね得になるんです。
川崎市民が税金から30億円出して不法占拠住民を
助けたいって言うんだから文句の付けようがないです。
朝日新聞であるだけに、未だに強制連行などと言っているが、不法占拠なのです。
2700万円ももらえる人が何故市営住宅に入れるんでしょうか?
これから、あちこちでごね得要求が出てくるでしょう。
年代 在日朝鮮人居住人口
1917 14502人
1920 30189人
1920 在日朝鮮人の急増により、付近住民とトラブル→『朝鮮人内地渡航制限』を実施
1925 129870人
1930 298091人
1935 625678人
1939 『朝鮮人内地移送計画』始まる。32万人の労働者が渡日。この32万人は1945年からの帰国
船で優先的に殆ど帰国する
1939 福岡のみで毎月200名余りの密入国者
1940 1190444人
1941 1469230人
1942 1625054人
1943 1882456人
1944 1936843人
1944 『朝鮮人内地渡航制限』撤廃
1945 2365263人
1946 日本敗戦により、密入国者(21420人)、強制送還者(15925人)が急増。(警察庁調)
1947 密入国者(6888人)、強制送還者(6296人)
1948 密入国者(8500人)、強制送還者(6207人)
1949 密入国者(1641人)、強制送還者(7663人)
1950 密入国者(3612人)、強制送還者(2319人)
1950 朝鮮戦争勃発により、多くの朝鮮人、韓国人が親類を頼って日本に密入国
1951 密入国者(4847人)、強制送還者(1172人)
1952 密入国者(3263人)、強制送還者(2320人)
1953 『外国人登録法」制定。日本経由の北の工作員対策で韓国政府が強く要請
1953 密入国者(1404人)、強制送還者(2685人)
1965 『朝鮮人強制連行の記録』出版。この本をきっかけに在日が強制連行と偽り始める
1998 特別永住者(=在日)52万8450人、一般永住者・2万6425人 (入国管理局調)
川崎市幸区の多摩川の河川敷に、戦後60年近く残り続けた在日韓国・朝鮮人たちの
集落が近く姿を消す。もとは朝鮮半島から強制連行された人らが戦後住むところに困り、
住み着いたとされる。半分ほど公有地のため、市や国が長年立ち退きを求め、ようやく
補償交渉が合意に達した。跡地は3棟の高層マンションに生まれ変わる。
JR川崎駅から1・5キロほど離れた多摩川の堤防の外側に沿うように集落はある。
バラックなどが隣り合わせに並び、高齢者を中心に約130世帯が住む。人数は200人
前後とみられるが、住民登録していない人も多く、市も住民自身も正確な数はまったく
把握できていない。
(中略)
国有地や市有地を「不法占拠」'''した場所も多く、洪水による危険もあるとして、市や国が
約40年間住民に求めてきた立ち退きに、住民側がこの5月に応じることが決まった。
公有地の住民への直接補償ができないことが支障になってきたが、集落内に点在する
民有地を公有地と交換後、開発業者に転売することで「補償費」を工面することにした。
1世帯当たり平均で2700万円程度の「補償」が見込まれるという。
9月から立ち退きが始まり、住民たちは市内各地の市営住宅などに移り住むという。
跡地は06年5月までにかさ上げ整備されたうえで、土地開発業者が20階前後の
マンション3棟を建てる計画だ。
「みんな自分の暮らしが大変で、集落の歴史などに関心も少なかった。ただ、
在日韓国・朝鮮人や日本人が暮らした町があったという記録だけは残したい」。
高橋さんは資料集めを始めている。
http://mytown.asahi.com/kanagawa/news01.asp?kiji=7048
引用ここまで。
本来なら不法占拠していた方が賠償金払った上で立ち退くのが筋です。
そういう「金を払ってでも当面解決したふりが出来れば良い」という
日本側の発想がごね得になるんです。
川崎市民が税金から30億円出して不法占拠住民を
助けたいって言うんだから文句の付けようがないです。
朝日新聞であるだけに、未だに強制連行などと言っているが、不法占拠なのです。
2700万円ももらえる人が何故市営住宅に入れるんでしょうか?
これから、あちこちでごね得要求が出てくるでしょう。
年代 在日朝鮮人居住人口
1917 14502人
1920 30189人
1920 在日朝鮮人の急増により、付近住民とトラブル→『朝鮮人内地渡航制限』を実施
1925 129870人
1930 298091人
1935 625678人
1939 『朝鮮人内地移送計画』始まる。32万人の労働者が渡日。この32万人は1945年からの帰国
船で優先的に殆ど帰国する
1939 福岡のみで毎月200名余りの密入国者
1940 1190444人
1941 1469230人
1942 1625054人
1943 1882456人
1944 1936843人
1944 『朝鮮人内地渡航制限』撤廃
1945 2365263人
1946 日本敗戦により、密入国者(21420人)、強制送還者(15925人)が急増。(警察庁調)
1947 密入国者(6888人)、強制送還者(6296人)
1948 密入国者(8500人)、強制送還者(6207人)
1949 密入国者(1641人)、強制送還者(7663人)
1950 密入国者(3612人)、強制送還者(2319人)
1950 朝鮮戦争勃発により、多くの朝鮮人、韓国人が親類を頼って日本に密入国
1951 密入国者(4847人)、強制送還者(1172人)
1952 密入国者(3263人)、強制送還者(2320人)
1953 『外国人登録法」制定。日本経由の北の工作員対策で韓国政府が強く要請
1953 密入国者(1404人)、強制送還者(2685人)
1965 『朝鮮人強制連行の記録』出版。この本をきっかけに在日が強制連行と偽り始める
1998 特別永住者(=在日)52万8450人、一般永住者・2万6425人 (入国管理局調)
これは メッセージ 1 (mitokoumon_2002 さん)への返信です.