小泉総理大臣は国会で東京裁判を認めた。
投稿者: bazzy17jp 投稿日時: 2005/07/19 05:07 投稿番号: [208782 / 232612]
判決も受諾した。
なんであんな裁判を日本政府はみとめんだ〜と。思う方は反体制です。
馬鹿ウヨの言葉を借りれば、反日分子なのだよ。
わかりましたか?
西尾と東條の孫と、”馬鹿ウヨ”
小泉総理大臣の認めた裁判とその判決!.
<西にアウシュビッツ・東にナンキン
しからば、「人道に対する罪」はどうか。日本にはアウシュビッツはない。組織的・計画的に捕虜や一般人を大量に殺害したという記録などどこにもない。集団殺戮の事実もない。そこで持ち出したのが“南京暴虐事件”である。
ヒトラーの世界制覇のための侵略戦争――これを日本にあてはめたのが「全面的共同謀議」という虚構であり、ヒトラーのアウシュビッツに匹敵する非人道的な“大量殺戮”、これが「南京虐殺」という構図である。
○「平和に対する罪」
ヒトラーの世界制覇 = 日本の指導者の共同謀議による世界制覇(侵略)
○「人道に対する罪」
アウシュビッツの大虐殺 = 南京虐殺事件
こうしたシナリオをまずつくり、シナリオにしたがって「平和」と「人道」に対する罪という事後法による新罪名で裁いたのである。
私はさきに、南京事件は最初から東京裁判の目玉商品として扱われたと述べた。検察側は南京事件の証人として米人牧師ジョン・マギー(John G.Magee)米人医師ロバート・ウイルソン(Robert O.Wilson)金陵大学教授米人マイナー・ベーツ(M.S.Betes)および中国から許伝音、尚徳義、梁廷芳、伍長徳、陳福寶を招致して、南京大虐殺宣伝のため証言台に立てしめた。それだけではなかった。米人ジヨージ・フィッチ(GeorgeA.Fitche)ルイス・S・C・スミス博士(Lewis S.C.Smythe)ほか十数名の中国人の宣誓口供書(米軍のトーマス・H・モロー(Thomas.H.Morrow)大佐ごときは、裁判の直前南京にとび、かれ一人で八通の口供書をあつめている)。および書簡類、「南京地方院検察処敵人罪行調査委員会」(東京裁判に証拠提出のため設立した機関)の報告書など五十七通を含む、合計六十六通にのぼる証拠書類が提出され、しかもこれらが連日にわたり、モニターによって朗読されたのである。
昭和22年7月25日からはじまった検察側証人の証言、あるいは前記のおびただしい口供書や証拠書類の朗読は、断続的に8月30日まで実に1ヶ月以上にわたって行われた。
この間、ラジオは毎晩「真相はこうだ」(のち「真相箱」)というGHQ制作の番組を、音楽入りで劇的に放送し、旧日本軍の残虐性を、あることないことを誇大宣伝した。GHQの言論統制下にある各新聞は、筆を揃えて、旧日本軍の暴虐ぶりを、これでもかこれでもかというように連続報道した。当時としてはこれに対する反論や批判は封ぜられ、厳しい言論統制下にあって、抗弁のしようもなかった。国民は、ただ身を縮め、いたたまれない思いで、じっとこれに耐えるほかなかった。
このようにして、はじめて知らされた「南京大虐殺」なるものは、海外にも大きな反響を呼んだ。
東京裁判は三つのねらいというか、三つの目的をもった裁判であるといわれている。
その一つは「歴史の断絶」である。歴史観の革命的変革といってもいい。日本の戦前の歴史、文化、伝統はすべて“悪”として断罪することであった。つまり、日本を最初から侵略者と決めつけ、日本および日本軍の行った行為はすべて“悪”であり、犯罪行為であり、連合国の行った行為はすべて“善”であるという前提の許に開かれた裁判である。いうならば、戦勝国が力の正義をふりかざして敗戦国を一方的にさばいた裁判である。
その二は、「罪の意識の扶植」である。旧日本軍がいかに大陸および東亜の諸国において非人道的な犯罪行為を行ってきたかを徹底的に内外にプロパガンダすることである。ひいては日本の伝統と文化にダメージを与えることによって、愛国心を抹消し、日本民族再起の芽を摘み取ることである。
その三は、いうまでもなく復讐である。
南京事件は、この三つの目的をかなえるための絶好の材料であった。
小泉総理大臣の認めた裁判とその判決!.
<西にアウシュビッツ・東にナンキン
しからば、「人道に対する罪」はどうか。日本にはアウシュビッツはない。組織的・計画的に捕虜や一般人を大量に殺害したという記録などどこにもない。集団殺戮の事実もない。そこで持ち出したのが“南京暴虐事件”である。
ヒトラーの世界制覇のための侵略戦争――これを日本にあてはめたのが「全面的共同謀議」という虚構であり、ヒトラーのアウシュビッツに匹敵する非人道的な“大量殺戮”、これが「南京虐殺」という構図である。
○「平和に対する罪」
ヒトラーの世界制覇 = 日本の指導者の共同謀議による世界制覇(侵略)
○「人道に対する罪」
アウシュビッツの大虐殺 = 南京虐殺事件
こうしたシナリオをまずつくり、シナリオにしたがって「平和」と「人道」に対する罪という事後法による新罪名で裁いたのである。
私はさきに、南京事件は最初から東京裁判の目玉商品として扱われたと述べた。検察側は南京事件の証人として米人牧師ジョン・マギー(John G.Magee)米人医師ロバート・ウイルソン(Robert O.Wilson)金陵大学教授米人マイナー・ベーツ(M.S.Betes)および中国から許伝音、尚徳義、梁廷芳、伍長徳、陳福寶を招致して、南京大虐殺宣伝のため証言台に立てしめた。それだけではなかった。米人ジヨージ・フィッチ(GeorgeA.Fitche)ルイス・S・C・スミス博士(Lewis S.C.Smythe)ほか十数名の中国人の宣誓口供書(米軍のトーマス・H・モロー(Thomas.H.Morrow)大佐ごときは、裁判の直前南京にとび、かれ一人で八通の口供書をあつめている)。および書簡類、「南京地方院検察処敵人罪行調査委員会」(東京裁判に証拠提出のため設立した機関)の報告書など五十七通を含む、合計六十六通にのぼる証拠書類が提出され、しかもこれらが連日にわたり、モニターによって朗読されたのである。
昭和22年7月25日からはじまった検察側証人の証言、あるいは前記のおびただしい口供書や証拠書類の朗読は、断続的に8月30日まで実に1ヶ月以上にわたって行われた。
この間、ラジオは毎晩「真相はこうだ」(のち「真相箱」)というGHQ制作の番組を、音楽入りで劇的に放送し、旧日本軍の残虐性を、あることないことを誇大宣伝した。GHQの言論統制下にある各新聞は、筆を揃えて、旧日本軍の暴虐ぶりを、これでもかこれでもかというように連続報道した。当時としてはこれに対する反論や批判は封ぜられ、厳しい言論統制下にあって、抗弁のしようもなかった。国民は、ただ身を縮め、いたたまれない思いで、じっとこれに耐えるほかなかった。
このようにして、はじめて知らされた「南京大虐殺」なるものは、海外にも大きな反響を呼んだ。
東京裁判は三つのねらいというか、三つの目的をもった裁判であるといわれている。
その一つは「歴史の断絶」である。歴史観の革命的変革といってもいい。日本の戦前の歴史、文化、伝統はすべて“悪”として断罪することであった。つまり、日本を最初から侵略者と決めつけ、日本および日本軍の行った行為はすべて“悪”であり、犯罪行為であり、連合国の行った行為はすべて“善”であるという前提の許に開かれた裁判である。いうならば、戦勝国が力の正義をふりかざして敗戦国を一方的にさばいた裁判である。
その二は、「罪の意識の扶植」である。旧日本軍がいかに大陸および東亜の諸国において非人道的な犯罪行為を行ってきたかを徹底的に内外にプロパガンダすることである。ひいては日本の伝統と文化にダメージを与えることによって、愛国心を抹消し、日本民族再起の芽を摘み取ることである。
その三は、いうまでもなく復讐である。
南京事件は、この三つの目的をかなえるための絶好の材料であった。
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