>山梨
投稿者: komash0427 投稿日時: 2005/07/05 18:10 投稿番号: [207640 / 232612]
千葉で育った者なので気になってしまいます。超ダイジェストでもう一回まとめました。
「県内において拉致事件は発生していないのか」という県議の質問に対し、県警本部長は「拉致事件はない」と議会で答弁した。現実には古川了子さんのように県内でも拉致は起きていた事実を千葉県は重く受け止めて欲しい(前回は省きました)。
大町ルートについて
銚子周辺では砂鉄や水飴が生産されていて日本人だけでなく在日朝鮮人も働いた。これらの産物は千葉市から都心、甲府を通り長野から大町市を経て富山方面や新潟方面へ陸送されていた。北朝鮮へ運ばれていたようだ。
旭市の香取航空基地建設作業には徴用された朝鮮人や日本に住んでいた朝鮮人も関わっていた。大町市内に軍需工場が建設された時には朝鮮人が働いていた。大町ルートは歴史的背景から朝鮮人との関わりがある。
大町ルートと朝鮮総連の関係も深い。総連直営のパチンコ店もルート上に多いく、特に甲府市に多い。昭和59年、山本美保さんは同市の自宅を出たまま失踪。
朴正煕大統領暗殺未遂犯の在日朝鮮人や原敕晁さんを拉致した辛光洙を日本で匿った人物もルート上にいた。北朝鮮の協力者いわゆる土台人の存在が明らかになっている。
拉致は闇雲にではなく日本の各地域に点在する協力者を得て北は工作活動を行なったはずだ。
大町ルートは下記を参照のこと。
http://nyt.trycomp.com/takano/oroot.html
(余談ですが大町ルートの甲州街道上にある府中市には在日朝鮮人が経営するパチンコ店やボーリング場、焼肉店があります。サクラグループといいます。サクラ***という競走馬のオーナーはこのグループのオーナーでもある様子。馬券を買ったことはないです)
古川了子さんと他の被害者につながる「線」について。
大町ルート上に存在する埼玉県川口市の藤田進さん(昭和51年2月7日失踪。当時19才)を、このルートを使って北朝鮮へ搬送したと証言した「K」は、加瀬テル子さんを北朝鮮で目撃したとしている。
網走で失踪した国井えり子さんと加瀬さん、そして藤田さんと古川さんは拉致された時期も場所もみな別々だがこのように線で繋がっている。
古川さんが失踪したちょうど1年後の昭和49年7月11日に千葉港附近で失踪した関谷俊子さん(17才)は当時、古川さんが卒業した千葉商業高校に在籍していた(関谷さんの情報は下記を参照)。
http://chosa-kai.jp/cyosakainews/kongetunews/news050627a.TXT
K」は同市内から2人の女性を運んだと証言している。また古川さんと同じ高校出身者の2人が拉致されそうなった事件もある。
昭和37年4月に失踪した海上町の加瀬さん(当時17才)の周辺で失踪した旭市の伊藤克さん(昭和60年8月29日失踪。当時42歳)は有名なメロン農家だった。2人は血縁関係でもある。
(海上町は7月1日に旭市と合併)
失踪者は他にもいる。当時24才の鵜沢幹雄さんは昭和53年12月15日に御宿で失踪。
千葉県西部で印刷の仕事に従事していた人の失踪が多発したことは特筆すべきで、失踪者の経歴を調べると技術水準が上がっている。初めは職工、そして最後に失踪した人は大学で印刷を研究していた。
北朝鮮による紙幣偽造の過程と同じで、出来の良くなかった偽札は次第に精巧なものになった。紙幣を作る技術が日本から持ち出されたのであろう。
千葉県内で失踪した人は15人いる。
千葉県と万景峰号の関係について
昭和50年代の万景峰号は横浜港や日立港にも出入りしていた。元山を出た万景峰号は日本一周の旅をするかのように九州を通らずに横浜や青森へと寄港していたことがある。
大町ルートの富山方面の最終地点を富山湾に沿って西へにある伏木は国際港であり万景峰号が何回も入港している。この港で山田健治さんが失踪している(昭和54年12月18日に失踪。当時30才)ここから車で10分程度離れたところでアベック未遂事件も起きている。
万景峰号だけでなく北朝鮮の貨物船も注意すべき。千葉にも北の貨物船が入港している。今も工作船が日本に入ってきている。
02年に島根県でダイバーが巨大イルカを目撃した。20メートル位の四角い大きな物体という。これは半潜水艇で母船から下ろされ半分潜りながら着岸する船だ。
00年に大町ルートを日本海側に出た地点に流れる川の河口に魚雷型の潜水艇に埋められていることが発見された。
拉致は殆ど解明されていない。問題解明の責任者は政府だが、拉致を\xC0
「県内において拉致事件は発生していないのか」という県議の質問に対し、県警本部長は「拉致事件はない」と議会で答弁した。現実には古川了子さんのように県内でも拉致は起きていた事実を千葉県は重く受け止めて欲しい(前回は省きました)。
大町ルートについて
銚子周辺では砂鉄や水飴が生産されていて日本人だけでなく在日朝鮮人も働いた。これらの産物は千葉市から都心、甲府を通り長野から大町市を経て富山方面や新潟方面へ陸送されていた。北朝鮮へ運ばれていたようだ。
旭市の香取航空基地建設作業には徴用された朝鮮人や日本に住んでいた朝鮮人も関わっていた。大町市内に軍需工場が建設された時には朝鮮人が働いていた。大町ルートは歴史的背景から朝鮮人との関わりがある。
大町ルートと朝鮮総連の関係も深い。総連直営のパチンコ店もルート上に多いく、特に甲府市に多い。昭和59年、山本美保さんは同市の自宅を出たまま失踪。
朴正煕大統領暗殺未遂犯の在日朝鮮人や原敕晁さんを拉致した辛光洙を日本で匿った人物もルート上にいた。北朝鮮の協力者いわゆる土台人の存在が明らかになっている。
拉致は闇雲にではなく日本の各地域に点在する協力者を得て北は工作活動を行なったはずだ。
大町ルートは下記を参照のこと。
http://nyt.trycomp.com/takano/oroot.html
(余談ですが大町ルートの甲州街道上にある府中市には在日朝鮮人が経営するパチンコ店やボーリング場、焼肉店があります。サクラグループといいます。サクラ***という競走馬のオーナーはこのグループのオーナーでもある様子。馬券を買ったことはないです)
古川了子さんと他の被害者につながる「線」について。
大町ルート上に存在する埼玉県川口市の藤田進さん(昭和51年2月7日失踪。当時19才)を、このルートを使って北朝鮮へ搬送したと証言した「K」は、加瀬テル子さんを北朝鮮で目撃したとしている。
網走で失踪した国井えり子さんと加瀬さん、そして藤田さんと古川さんは拉致された時期も場所もみな別々だがこのように線で繋がっている。
古川さんが失踪したちょうど1年後の昭和49年7月11日に千葉港附近で失踪した関谷俊子さん(17才)は当時、古川さんが卒業した千葉商業高校に在籍していた(関谷さんの情報は下記を参照)。
http://chosa-kai.jp/cyosakainews/kongetunews/news050627a.TXT
K」は同市内から2人の女性を運んだと証言している。また古川さんと同じ高校出身者の2人が拉致されそうなった事件もある。
昭和37年4月に失踪した海上町の加瀬さん(当時17才)の周辺で失踪した旭市の伊藤克さん(昭和60年8月29日失踪。当時42歳)は有名なメロン農家だった。2人は血縁関係でもある。
(海上町は7月1日に旭市と合併)
失踪者は他にもいる。当時24才の鵜沢幹雄さんは昭和53年12月15日に御宿で失踪。
千葉県西部で印刷の仕事に従事していた人の失踪が多発したことは特筆すべきで、失踪者の経歴を調べると技術水準が上がっている。初めは職工、そして最後に失踪した人は大学で印刷を研究していた。
北朝鮮による紙幣偽造の過程と同じで、出来の良くなかった偽札は次第に精巧なものになった。紙幣を作る技術が日本から持ち出されたのであろう。
千葉県内で失踪した人は15人いる。
千葉県と万景峰号の関係について
昭和50年代の万景峰号は横浜港や日立港にも出入りしていた。元山を出た万景峰号は日本一周の旅をするかのように九州を通らずに横浜や青森へと寄港していたことがある。
大町ルートの富山方面の最終地点を富山湾に沿って西へにある伏木は国際港であり万景峰号が何回も入港している。この港で山田健治さんが失踪している(昭和54年12月18日に失踪。当時30才)ここから車で10分程度離れたところでアベック未遂事件も起きている。
万景峰号だけでなく北朝鮮の貨物船も注意すべき。千葉にも北の貨物船が入港している。今も工作船が日本に入ってきている。
02年に島根県でダイバーが巨大イルカを目撃した。20メートル位の四角い大きな物体という。これは半潜水艇で母船から下ろされ半分潜りながら着岸する船だ。
00年に大町ルートを日本海側に出た地点に流れる川の河口に魚雷型の潜水艇に埋められていることが発見された。
拉致は殆ど解明されていない。問題解明の責任者は政府だが、拉致を\xC0
これは メッセージ 207611 (ringo_rn2 さん)への返信です.