靖国を通して見えてくるもの
投稿者: komash0427 投稿日時: 2005/07/03 22:44 投稿番号: [207516 / 232612]
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中国の論拠は米国の史観
中国の反日運動は、確かに、その背後に鬱積した中国内部の矛盾や不満のはけ口という面もあろうし、また、十数年におよぶ政府の反日教育の「成果」でもあろう。だがそれでも、いわば「反日無罪」となってしまうのは、そこに「歴史認識」の問題があるからに他ならない。「歴史認識」において、中国は絶対の正当性を手にしているというわけである。
中国のいう正しい歴史認識とは、「あの戦争」を日本軍国主義者によるアジア侵略戦争とし、その責任を全面的に当時の日本の政治的・軍事的指導者に帰すというものである。このような見方を唯一の「正しい歴史観」として振りかざす中国の態度に多くの日本人が反発を覚えるのは当然のことだし、ここに、抗日を近代の国家形成の基軸に据えてきた中国ナショナリズムの歪みを見ることもできる。
だが、これを日中間の政治・外交的駆け引きとしてではなく、あくまで「歴史観」の次元においたとき、この問題は、あらためてある種の重さを持って「われわれ」の方に跳ね返ってくる。
なぜなら、この歴史観は、もとはといえばアメリカによって打ち出されたものであり、ポツダム宣言に始まり、GHQ(連合国軍総司令部)による占領政策、東京裁判、「太平洋戦争史」のプロパガンダ、それにサンフランシスコ条約の中で既成事実化していったものだからだ。
東京裁判の原告は中華民国であり、中国はサンフランシスコ条約にも不参加であるにもかからず、中国が「戦勝国」としてこの歴史観の正当性を唱えるのは、アメリカによる「あの戦争」の解釈が一定の正当性を持っているかに見えてしまうからであろう。
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大衆は常に犠牲者なのか
いうまでもなく、アメリカは第二次世界対戦を、日独伊のファシズム国家による侵略戦争であり、自由と民主主義の防衛戦争であったという。それは、一握りのファシズム的軍国指導者の意図的侵略計画(共同謀議)の結果であり、大衆はその扇動に巻き込まれた犠牲者だというのである。
中国が依拠するのもまたこの歴史観であり、この歴史観のゆえにA級戦犯を祭った靖国が問題とされる。A級戦犯にせよ、南京大虐殺にせよ、もとはといえば東京裁判の中で出てきたものであった。つまり、あの戦争に関するアメリカの歴史認識と不可分なのである。
あの戦争を一握りの軍国主義者による侵略戦争であり、人民大衆はその犠牲者であるとする見方は、戦後日本を自由・民主化しようとするアメリカにとっても、また、人民革命原理によって共産主義建設を唱える中国にとっても都合のよい理屈であった。
民主主義にせよ、共産主義にせよ、人民主権を唱える以上、「人民」は無垢で無傷でなければならないからである。そしてその終局点がどこであろうと、世界の圧制(ファシズムや全体主義)からの人民の解放こそを歴史の展開と見る進歩的歴史観は、つい少し前まではアメリカ的民主主義においても、また左翼マルクス主義においても共有されていたものなのであった。
≪≪≪ ≫≫≫
だが、この戦争解釈に対して、われわれはどうしても釈然としない。「あの戦争」をファシズムと自由・民主主義の闘いとし、人民解放の闘いとする、それゆえ、戦争責任を軍国主義的指導者にのみ押しつけ、人民は無傷であるとする歴史観に違和感を禁じえないのである。
だが、戦後の日本の論壇は、大局で見れば、保守にせよ左翼にせよ、決してこの問題に真に向き合ってきたとはいえまい。なぜなら、いわゆる保守は、反共においてアメリカ型の自由な民主主義につき、左翼は、社会主義的な人民主権につくことによって、ともに、西欧近代の人民解放史観というべき歴史観を受けいれたからである。
もし、戦後日本が、アメリカの「同盟国」としてこの種の進歩的歴史観まで受け入れたとするなら、靖国問題について中国の側の言い分を与えてしまうことになるだろう。
「歴史認識」とは、実は「われわれ」自身の問題なのである。圧制からの人民解放、自由や民主主義の世界的普遍化という進歩的歴史観と対峙することだけが、「われわれ」の歴史観の基盤をつくる。
だが、まさにそれこそが、「戦争イデオロギー」と断罪された、たとえば京都学派の試行であったし、いかにも稚拙ではあったとしても「近代の超克」論が意図したことではなかったのだろうか。
(本日の産経 正論 『歴史問題の根は我々に在り』から)
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こうした認識は、今の日本では受けいれにくいかな。僕は好きだけど。
日本の歴史を事実に基づいて紐解いていけば「人民解放史観」などではない、日本
中国の論拠は米国の史観
中国の反日運動は、確かに、その背後に鬱積した中国内部の矛盾や不満のはけ口という面もあろうし、また、十数年におよぶ政府の反日教育の「成果」でもあろう。だがそれでも、いわば「反日無罪」となってしまうのは、そこに「歴史認識」の問題があるからに他ならない。「歴史認識」において、中国は絶対の正当性を手にしているというわけである。
中国のいう正しい歴史認識とは、「あの戦争」を日本軍国主義者によるアジア侵略戦争とし、その責任を全面的に当時の日本の政治的・軍事的指導者に帰すというものである。このような見方を唯一の「正しい歴史観」として振りかざす中国の態度に多くの日本人が反発を覚えるのは当然のことだし、ここに、抗日を近代の国家形成の基軸に据えてきた中国ナショナリズムの歪みを見ることもできる。
だが、これを日中間の政治・外交的駆け引きとしてではなく、あくまで「歴史観」の次元においたとき、この問題は、あらためてある種の重さを持って「われわれ」の方に跳ね返ってくる。
なぜなら、この歴史観は、もとはといえばアメリカによって打ち出されたものであり、ポツダム宣言に始まり、GHQ(連合国軍総司令部)による占領政策、東京裁判、「太平洋戦争史」のプロパガンダ、それにサンフランシスコ条約の中で既成事実化していったものだからだ。
東京裁判の原告は中華民国であり、中国はサンフランシスコ条約にも不参加であるにもかからず、中国が「戦勝国」としてこの歴史観の正当性を唱えるのは、アメリカによる「あの戦争」の解釈が一定の正当性を持っているかに見えてしまうからであろう。
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大衆は常に犠牲者なのか
いうまでもなく、アメリカは第二次世界対戦を、日独伊のファシズム国家による侵略戦争であり、自由と民主主義の防衛戦争であったという。それは、一握りのファシズム的軍国指導者の意図的侵略計画(共同謀議)の結果であり、大衆はその扇動に巻き込まれた犠牲者だというのである。
中国が依拠するのもまたこの歴史観であり、この歴史観のゆえにA級戦犯を祭った靖国が問題とされる。A級戦犯にせよ、南京大虐殺にせよ、もとはといえば東京裁判の中で出てきたものであった。つまり、あの戦争に関するアメリカの歴史認識と不可分なのである。
あの戦争を一握りの軍国主義者による侵略戦争であり、人民大衆はその犠牲者であるとする見方は、戦後日本を自由・民主化しようとするアメリカにとっても、また、人民革命原理によって共産主義建設を唱える中国にとっても都合のよい理屈であった。
民主主義にせよ、共産主義にせよ、人民主権を唱える以上、「人民」は無垢で無傷でなければならないからである。そしてその終局点がどこであろうと、世界の圧制(ファシズムや全体主義)からの人民の解放こそを歴史の展開と見る進歩的歴史観は、つい少し前まではアメリカ的民主主義においても、また左翼マルクス主義においても共有されていたものなのであった。
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だが、この戦争解釈に対して、われわれはどうしても釈然としない。「あの戦争」をファシズムと自由・民主主義の闘いとし、人民解放の闘いとする、それゆえ、戦争責任を軍国主義的指導者にのみ押しつけ、人民は無傷であるとする歴史観に違和感を禁じえないのである。
だが、戦後の日本の論壇は、大局で見れば、保守にせよ左翼にせよ、決してこの問題に真に向き合ってきたとはいえまい。なぜなら、いわゆる保守は、反共においてアメリカ型の自由な民主主義につき、左翼は、社会主義的な人民主権につくことによって、ともに、西欧近代の人民解放史観というべき歴史観を受けいれたからである。
もし、戦後日本が、アメリカの「同盟国」としてこの種の進歩的歴史観まで受け入れたとするなら、靖国問題について中国の側の言い分を与えてしまうことになるだろう。
「歴史認識」とは、実は「われわれ」自身の問題なのである。圧制からの人民解放、自由や民主主義の世界的普遍化という進歩的歴史観と対峙することだけが、「われわれ」の歴史観の基盤をつくる。
だが、まさにそれこそが、「戦争イデオロギー」と断罪された、たとえば京都学派の試行であったし、いかにも稚拙ではあったとしても「近代の超克」論が意図したことではなかったのだろうか。
(本日の産経 正論 『歴史問題の根は我々に在り』から)
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こうした認識は、今の日本では受けいれにくいかな。僕は好きだけど。
日本の歴史を事実に基づいて紐解いていけば「人民解放史観」などではない、日本
これは メッセージ 1 (mitokoumon_2002 さん)への返信です.