小泉首相の訪朝と課題について☆☆☆☆☆

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『民族への責任』

投稿者: hangyosyufu 投稿日時: 2005/06/06 01:51 投稿番号: [205654 / 232612]
西尾幹二(徳間書店)

本書が扱うのは皇位継承、会社法改正、中国のガス田開発、中国・韓国の反日デモ、さらには少子化問題と対策にまでテーマが拡がる。

一見、整合性がないように見えて、じつは四年間のブランクを一挙に埋める、つまり日本人に共通する自由の不在についての批判に纏められ、その狙いは通底するのである。

教科書問題は北京とソウルの指令によって教育委員会の現場で採択されている。現場の委員達には脅迫まがいのFAXや電話が集中し、決断を示せない。
 
大事なことを多くの教育委員が決断できないのである。

大げさな表現ではない、あのやる気のない文科省の役人をみていたら、こういう結果は予想できたことだった。
 
教科書以外の問題も、「いずれも待ったなしの決断を迫っているテーマ」であり、日本を衰弱から守るための「悲しいまでの裁定の条件」であると西尾氏は言う。
 
だが政治はつねに問題を先送りして次代に無責任にバトンを投げ、「どこかから吹いてくる政治の風にあわせて自分の道徳を政治に合わせた」。
保身に陥り、現実の解決を逃げた。

「現実には存在しない何らかの空想を選んで、しかも道徳や思想や教育の名においてそれを実行する。そうすることで、自分が道徳や思想や教育の『基準』をつくっているのだという恐ろしさの自覚すらない」。
 
これが西尾さん特有の語彙によれば「平和のままのファシズム」である。同じことをすでに四年前にも書かれていた。
しかるに状況は四年前もいまも不変であり、「政治的道徳家は群れをなし、後から後から登場する」と嘆かれる。

教科書採択の決断のシーズンが四年ぶりにやってきたのに国民の危機意識は希薄であり、「やるか、やらないか」を一日延ばしにしてきた。

中国についての危機意識も鋭敏であり、日本はいかにして自分たちの衰亡を防御するかを考えるべきであるに対して「中国はいかに自己の過剰と欠乏を調和させるかが究極の課題である」。

したがって「日本人と中国人の間には生命のリズムという点での共通性はなにもない。どちらにも危機があるが、その内容と性格を異にしている。日本人と中国人の間では、深い精神的な意味での共同作業は考えられない。『東アジア共同体』などというばかなことを言うのはやめたほうがいい」
 
つぎに女性天皇擁護論批判の一節。
 
「皇室の『本当の『敵』がみえないままで『皇室典範』に手を加えるのは、外敵に気付かぬままに国境を自由開放するのにも似ている。中国問題で奥にいる『敵』の仕掛けが見えない不用意な外務官僚』」もまた文科省の役人同様である。要するにかれらは「開かれた社会の自由が恐ろしいのである。自由に背を向けて、『閉ざされた社会』のシンボルやイメージに取り巻かれて、自分を守っていたい」のだ。
 
現代日本への痛憤、悲嘆、哀切。読んでいて未来が悲しくなる。救いがない役人たちに政治教育道徳をまかせておくのはもう止めなければ、日本は衰退を免れないだろう。
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