4/17 特定失踪者ご家族の訴え(6)
投稿者: aoinomama13 投稿日時: 2005/05/16 11:41 投稿番号: [203600 / 232612]
*撮影したビデオカメラから文字化しました。
(写真です)
http://aoinomama.trycomp.net/diary2/diary/data/2005_04/0417.jpg続き
◆特定失踪者「高野
清文」(たかの
きよふみ)さんの妹さんの高野美幸さん◆
それでは、私の兄の話を少しだけさせていただきます。お手元に配られましたチラシに少し載っておりますが、詳しい資料が後ろの方にございますので、よろしかったらお持ち帰りください。
私の兄「高野清文」は1976年7月30日、私が5歳の時に、電気通信大学の2年生で、伊豆七島の神津島に出かけて行方不明になりました。当時19歳でした。出身は長野県です。
この写真を見るとわかると思うんですけど、「もしかして子どもかな?」って思うほど、私はかわいがってもらいました。(美幸さんとお兄さんは14歳年が離れています)「親が3人いるんじゃないか?」と思われるほどでした。(兄妹2人の写真を見せる)
両親が、兄がいなくなったということで、奔走して、長野県から遠い神津島へ、伊豆下田から船で何度も行っておりました。私も何度か行っております。こうして精神的にも金銭的にも力をこめて一生懸命に捜しましたが、何一つ手がかりとなるものは見つかりませんでした。母親がよく、「こんな悲しい思いは他の誰にもしてほしくない」と言っておりましたけれども、まぁこの問題は今現在、我が家と同じように、「家族がどうなってしまったのかわからない」と、プレッシャーに感じていらっしゃる方が、何百人という単位でいらっしゃるということがわかり、母は大変心を痛めております。
小泉総理の訪朝の際に、日本の方で「名前のわからない方が、1人帰っていらっしゃる」ということで、テレビを見ながら「兄の名前を言ってほしい」と祈りながら見ておりました。
太平洋側の島から、まさか拉致だなんて、それまで考えもしませんでした。母親だけが横田さんのニュースを見るたびに、「もしかして、わが子もこうして北朝鮮に連れていかれたのではないのだろうか?」というようなことを言ってはいましたけれども、まさかと思っておりました。
その時私も「曽我ひとみさん」の名前が出てくるまでは、テレビの前で本当に祈っておりました。まぁ、兄ではないことが明らかになったんですけれども、ただ「拉致された可能性があるのではないのだろうか?」ということで、特定失踪者問題調査会の方に連絡をとり、届出をしました。
続く
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これは メッセージ 203598 (aoinomama13 さん)への返信です.
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