小泉首相の訪朝と課題について☆☆☆☆☆

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マレーシアは親日的

投稿者: hangyosyufu 投稿日時: 2005/05/09 00:51 投稿番号: [202778 / 232612]
日本は、反日的なシナや韓国は捨てて、親日的な国に投資した方が国益に適う。


日本人の母から大切な事を学んだ…マレーシア首相夫人

マレーシアのアブドラ・バダウィ首相夫人、エンドンさん(64)は、ファーストレディーとして、海外に国の伝統文化を紹介しながら、国民には家族の大切さを訴えている。こうした活動の原点には、日本人の母親の存在がある。

エンドンさんは、中国系とマレー系の混血女性が着ていた伝統衣装「ニョニャ・ケバヤ」を好んで着る。透き通るような薄手の布に繊細な刺しゅうを施したブラウスだ。最近では着る人が少なくなり、資料としても400点を収集した。

好きなだけではない。首相夫人として、伝統衣装の復活と伝統産業の振興に意欲を燃やし、国内外で展覧会やファッションショーを開き、自ら“広告塔”となって飛び回る。

「母がケバヤを好んでいたんです。日本のきものや帯も含め、アジアの伝統衣装に興味を持つようになったのは、母の影響が大きいんです」。エンドンさんは穏やかな口調で話した。

マレー人に嫁いだ母は、家族にはマレー語と英語で接した。だが、エンドンさんは「母は常に夫に尽くす女性で、伝統的な日本の専業主婦でした」と言う。娘は「結婚したら家庭円満に、だんなさんの面倒をしっかり見るように」と教えられた。

エンドンさんは、1965年、職場の同僚で当時上級公務員だったアブドラ首相と結婚。母の教え通り、主婦として夫を支え、2人の子を育てた。おしどり夫婦として有名だ。

首相夫人としても、マレー語で「愛といたわり」を意味する基金を創設。女性の地位向上、子供への虐待問題に先頭に立って取り組む。「家族のきずなはすべての原点」という思いからだ。

マハティール前首相は日本を手本にしたルック・イースト政策を推進した。当時、首相府相だったアブドラ首相はよくこんな冗談を言っていたという。「私はずっと昔から、東を見ることには慣れていた」

母親の名をたずねると、エンドンさんは「マリアム・アブドラ」と答え、付け加えた。

  「日本名は、キミエ」

           ◇

マリアムさん、日本名「小畑(おばた)きみえ」さんは、81歳になる今、クアラルンプール市内で子供や孫たちに囲まれ元気に暮らしていた。

笑顔を絶やさず控えめな姿は、「日本のお母さん」といった感じだ。日本語を交えながら英語で話す。

エンドンさんが「伝統的な日本の主婦」と評したと聞くと、「日本人の両親の元で育ったからあたりまえですよ」と笑顔を見せた。父は寡黙で男らしく、母は夫を立て、子供のしつけに厳しい主婦だったという。

両親は長崎県島原の出身。父・小畑おとぞうさんは、20歳のときに妻とともにマレーシアに渡った。マリアムさんは、渡航の船上で生まれた。

戦前、クアラルンプール郊外の港町で陶器販売業と写真館を営んでいた一家は、戦後も同国にとどまり、マリアムさんは地元の修道院付属学校で英語教育を受けた。16歳でマレー人の鉱山技師と結婚、11人の子供をもうけた。そのうちの1人がエンドンさんだ。

娘については、「私は幸せ。娘が家族を大事にし、弱者に手をさしのべる活動をしていることに誇りをもっています」と話す。ただ、首相夫人になってからは、なかなか会う時間がなくて残念という。(読売新聞)
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