藤沢市民集会 大澤茂樹さんの訴え(2)
投稿者: aoinomama13 投稿日時: 2005/04/11 18:36 投稿番号: [199343 / 232612]
*撮影したビデオカメラから文字化しました。
http://aoinomama.trycomp.net/
続き
改めて私自己紹介させていただきます。私は特定失踪者「大澤孝司」の兄で、大澤茂樹と申します。前回1月15日の第9回藤沢集会に参加させていただきまして、訴えさせていただきましたが、今回も救う会神奈川の皆さまのご好意によりまして貴重な時間をいただきましたので、前回と重複することも多々あるかと思いますが、再度訴えさせていただきます。前回お見えにならなかった方々も多いと思いますので、弟が失踪した時の状況からお話させていただき、弟の拉致問題を知っていただきたいと思います。
*救う会神奈川活動報告より
第9回「拉致被害者と家族の人権を考える市民集会」
http://www.geocities.jp/sukuukai/report/09.html
私ども兄弟は3人兄弟で、一番上の兄は新潟県巻町で家業を継いでおります。私は次男でして、横浜市瀬谷区に在住しております。拉致されたのが濃厚なのは一番下の弟の「孝司(たかし)」でございます。弟の孝司は昭和49年2月24日(1974年)に新潟県佐渡島で、曽我ひとみさん・ミヨシさん母子が拉致された真野町の拉致現場から、距離にして7〜8キロしか離れていない天然記念物の「トキの保護センター」のある新穂村というところで、北朝鮮に拉致された疑いが濃厚となっております。曽我さん母子が拉致される約3年半前の事件でございます。
事件当時、弟は27歳の独り者で、新潟県庁の出先機関であります「佐渡の農地事務所」に勤務する新潟県庁の職員でありました。当日は今日と同じ日曜日で、午前中は寄宿舎の仲間と卓球をして遊び、午後から隣町の金井町というところに1人で遊びに行き、その帰り、寮に帰っても、その日ちょうど(寮の)食堂が休みということで、行きつけの飲食店に夕飯を食べに行き、若干アルコールも飲んだようでございますが、そこを午後7時半頃出る時に、店のおかみさんに「あぁ、飲んだし、食ったし、これから寮に帰って寝るか」というあいさつを交わしました。
そこの店を出て帰宅途中、弟は趣味で鉄砲を撃っており、その猟銃期間が2月15日に切れたということで、その許可証の返却のため、その地区の猟銃会の会長さん宅に立ち寄り、そこのおかみさんに手渡し帰ろうとしたところ、そこの会長宅も飲食店を営んでおり、弟の後を追ってきた2〜3人の男が、その店に入ろうとしていた2〜3人のグループか定かではございませんが、弟が(店を)出ると同時にその店に入るのをやめて後をつけたようで、その後まもなくして、車が急発進するタイヤの軋む音をそこのおかみさんと、もう1人近所のおかみさんが聞いたのが最後で、その後の足どりはつかめておりません。
翌日、その車が急発進したと思われる周辺に「ハングル文字のマッチが1つ落ちていた」ということでございます。
続く
http://aoinomama.trycomp.net/
続き
改めて私自己紹介させていただきます。私は特定失踪者「大澤孝司」の兄で、大澤茂樹と申します。前回1月15日の第9回藤沢集会に参加させていただきまして、訴えさせていただきましたが、今回も救う会神奈川の皆さまのご好意によりまして貴重な時間をいただきましたので、前回と重複することも多々あるかと思いますが、再度訴えさせていただきます。前回お見えにならなかった方々も多いと思いますので、弟が失踪した時の状況からお話させていただき、弟の拉致問題を知っていただきたいと思います。
*救う会神奈川活動報告より
第9回「拉致被害者と家族の人権を考える市民集会」
http://www.geocities.jp/sukuukai/report/09.html
私ども兄弟は3人兄弟で、一番上の兄は新潟県巻町で家業を継いでおります。私は次男でして、横浜市瀬谷区に在住しております。拉致されたのが濃厚なのは一番下の弟の「孝司(たかし)」でございます。弟の孝司は昭和49年2月24日(1974年)に新潟県佐渡島で、曽我ひとみさん・ミヨシさん母子が拉致された真野町の拉致現場から、距離にして7〜8キロしか離れていない天然記念物の「トキの保護センター」のある新穂村というところで、北朝鮮に拉致された疑いが濃厚となっております。曽我さん母子が拉致される約3年半前の事件でございます。
事件当時、弟は27歳の独り者で、新潟県庁の出先機関であります「佐渡の農地事務所」に勤務する新潟県庁の職員でありました。当日は今日と同じ日曜日で、午前中は寄宿舎の仲間と卓球をして遊び、午後から隣町の金井町というところに1人で遊びに行き、その帰り、寮に帰っても、その日ちょうど(寮の)食堂が休みということで、行きつけの飲食店に夕飯を食べに行き、若干アルコールも飲んだようでございますが、そこを午後7時半頃出る時に、店のおかみさんに「あぁ、飲んだし、食ったし、これから寮に帰って寝るか」というあいさつを交わしました。
そこの店を出て帰宅途中、弟は趣味で鉄砲を撃っており、その猟銃期間が2月15日に切れたということで、その許可証の返却のため、その地区の猟銃会の会長さん宅に立ち寄り、そこのおかみさんに手渡し帰ろうとしたところ、そこの会長宅も飲食店を営んでおり、弟の後を追ってきた2〜3人の男が、その店に入ろうとしていた2〜3人のグループか定かではございませんが、弟が(店を)出ると同時にその店に入るのをやめて後をつけたようで、その後まもなくして、車が急発進するタイヤの軋む音をそこのおかみさんと、もう1人近所のおかみさんが聞いたのが最後で、その後の足どりはつかめておりません。
翌日、その車が急発進したと思われる周辺に「ハングル文字のマッチが1つ落ちていた」ということでございます。
続く
これは メッセージ 199342 (aoinomama13 さん)への返信です.